Raindrop
今日の練習を終え、僕は水琴さんに頭を下げた。

「すみません、一度だけ、ラ・カンパネラを聴いてもらっていいですか。今日のうちに弾きたいんです。感覚を忘れないうちに」

「ええ。どうぞ」

ふわりとした笑みにもう一度頭を下げ、僕は僕の鐘を鳴らす。




「貴方はね、少し焦りすぎているように見えたの」

後に、水琴さんは教えてくれた。

「貴方の演奏は高いレベルで完成されているわ。だた、あまりにも……つまらなそうだったの。貴方自身がね」

周りの環境とか、自分の立ち位置とか、目標とか。

そういうものに雁字搦めにされて、僕は僕の音を見失っていた。

音楽を奏でるには、音楽だけを見つめるだけでは駄目だと、頭では分かっていたはずなのに。

最近の僕は、あまりにも余裕がなかった。

「理想を追い求め、将来のために努力することはとても大切なことよ。でも、一番大事なのは、貴方が貴方の“音”を愛して、楽しむことよ」

音を楽しむ。

“音楽”とは、本来そういうものだ。

僕は一番の基本を忘れてしまっていたのだ。

< 136 / 353 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop