Raindrop
「無理を承知で頼んでいるんだからね、これで十分だよ。僕たちでなんとかフォローしあって誤魔化そう」

「むー、まぁ仕方ねぇか。和音みたいなクラシック一筋のお坊ちゃんにはなぁ……」

ちらり、と僕を見る響也の視線が、なんだか物凄く高慢で。

喧嘩を売られているように感じた。

ちり、と僕の心に火がつく。

「……マスター、この曲のCDありませんか」

「え? ああ、うん、あるよあるよ」

マスターはカウンターの裏からCDを出してくれて、すぐ店内に流してくれた。

ジャズのリズムは譜面からは読めない。短期間で叩き込むなら、耳で覚えて“真似”するしかない。

薄暗い店内に響く『アメイジング・グレイス』のピアノの音だけを拾って、鼓膜に刻み付ける。

そうしてまた、ピアノに向かう。

……左手が難しい。一拍目の頭にアクセントを入れる癖がついている僕は、二拍目の裏に入るはずのアクセントを入れられないときがある。

それでも……なんとか。

「……お?」

響也が声を漏らす。マスターも「ほう」と呟いて口髭を撫でている。


──どうだろうか。

若干修正は出来たと、思うのだけれど……。


「まだまだ!」

そこに、響也のヴァイオリンが入ってきた。クラシックを弾いているときよりも伸びやかな音が響く。

そしてマスターのコントラバスも入ってくる。

「イン・テンポだよ、和音くん」

そう言い、低い音でテンポを取ってくれる。

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