Raindrop
ヴァイオリニストとして僕の前を行く人。

僕に『鐘』を鳴らさせてくれた人。

“あんな”場面で、笑って『おめでとう』と言える人。

今にも折れそうなたおやかな姿で、なのにいつでも背筋を伸ばして立っている人。


ヴァイオリンの先生としても、人としても。この二ヵ月半の間に、水琴さんは憧憬の念を抱く相手になっていた。

何かしたくても何も出来ないことをもどかしく思うのも、大切な人だからこそ。

本当にどうでも良い相手なら、僕が心配する必要も、悩みを打ち明けられないことに不満を抱いたりする必要もない。ただ傍観していれば、それでいい。

なのにそうすることはもう出来ない。

水琴さんの存在というものは、僕の中でそんなに軽いものではないのだ。


「……成る程。君の言う通りだ。それでも……どうにもならないけどね」

水琴さんへの認識を改めたところで、現状、僕には何も出来ない。

僕はボーダーラインの向こう側にいる水琴さんとの接し方を、変えることは出来ない。

「なんで? いいじゃねぇか別に。好きだって言っちまえば?」

「……いや、そういう悩みではないんだけれど」

何故そちらへ話を持ってきたがるのか。溜息が出る。

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