Raindrop
「いつまでこんなところに寝てんのよっ!」

明らかに苛ついた声のアキさんは、僕とは反対側に座り込み、水琴さんの片方の腕を取った。

「はい、アンタはそっち持って!」

「は、はい」

勢いに押されるようにもう一度水琴さんの腕を掴み、肩に回して立ち上がる。

そんな風に、急激に起こしてしまったのが悪かったのか……。

「……きもちわるい」

首を項垂れる水琴さんが、低く唸るような声でそう言った。

「はあ? 家まで我慢しなさいよ!」

「……だめ」

はく、と掠れたような声が聞こえた。

「ちょっとやめてよ! こんなところで、せめてお店の中っ……水琴おぉぉおおー!!」

アキさんの声が、煌めくネオン街に響き渡る。



この後のことは……あまり記憶にない。

ただアキさんが大変なことになってしまったことは覚えている。

こう、言葉にするのも憚られるような状態に。

だから僕が代わりに水琴さんと一緒にタクシーに乗ることになって、水琴さんのマンションまで連れて帰ったのだけれど……。

そのタクシーの中でも、僕は呆然としていたのだと思う。マンションまで辿り着く過程を良く覚えていないのだから。



断言しよう。

この後にも先にも、僕がこんなにも衝撃を受けるような出来事はないと。



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