Raindrop
「僕は誰よりも水琴さんを尊敬していますよ。貴女のおかげでコンクールもコンサートも満足のいく演奏が出来たんですから……」

誤解を解きたくてそう言い募る。

今も『先生』と呼ばないのは、今更な感じがするのと、そう呼びたくない僕の気持ちがあるからだ。

『先生』と『生徒』の隔たりを、少しでも取り払いたい、と。

……それは僕の一方的な想いで、水琴さんにそんな感情は微塵もないと、分かってはいるけれど。


そんな僕を見て、水琴さんは『先生』の顔でふわりと笑う。

「ありがとう。少し安心したわ」

その笑顔は安堵をもたらすとともに、埋められない溝を表しているかのようで、少しだけ胸が痛む。

けれど、そんな胸の痛みを持続させていられないのが、今の僕たちの関係なわけで。

「じゃあ、レモン、絞りますね~」

と、半分に切られたレモンを水琴さんが両手で絞ろうとするのを見て。

僕ははっとした。

「水琴さん、レモンの切り口は下に……!」


……言うのが遅かった。

レモンの切り口を上に向けたまま力任せに絞られたレモンは、その圧力に屈して酸味のある汁をぶしゅううと巻き散らかした。

一緒に飛んだ種は見事に水琴さんの額に直撃する。

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