Raindrop
水琴さんは母から『子どもたちにヴァイオリンを教えてくれ』と頼まれたとき、それはそれは恐縮したのだそうだ。


“あの”橘ですか、と。

お城みたいな豪邸に住む昔からある資産家で、音楽業界においても名声を欲しいままにしている橘奏一郎と律花夫妻のお子様にですか、と。

ならば自分もそれに相応しい人間として対応しなければ。

どこから見ても完璧な先生でいなければ。


生徒となった僕たちもまた、素直でかわいらしかったというのも理由のひとつらしい。

この綺麗な心の子どもたちの前では、私も綺麗でいなくては。

……そんな風に思ったそうで。


だから初秋の時期に失態をさらしてしまったとき、水琴さんはしきりに謝っていた。

ごめんなさい。

こんな駄目な大人でごめんなさい……と。


……気持ちは分からなくもない。

僕も拓斗や花音には『お兄ちゃんは凄い人』と思われていたい。たぶん、それと同じなのだ。

見栄を張りたいというよりは、期待に応えたい、といった感じか。

< 207 / 353 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop