Raindrop
「いいわ。私は和音くんの『先生』ですもの。きちんとお手本を見せて差し上げます」

『先生』として、あるいは『大人』としての意地なのか。

『生徒』であり『年下』である僕に弱いところは見せられない……そんな決意の表情で水琴さんは立ち上がった。

「はい」

クスリと笑う僕に少しだけ非難めいた視線を向けながらも、水琴さんは僕の隣に立ち、呼吸を整え始めた。

そうして歌いだした水琴さんの声は、普段の声とはまた違う……透明感のある美しいソプラノだった。

細いけれど声量もある。鳥肌が立つくらい情緒たっぷりに歌うものだから、少しだけ悔しくなった。

歌い慣れてる? と視線を上げれば……ピアノに置かれた手が微かに震えているのが見えた。

緊張のためだろうか。

慣れているわけではないのか……と水琴さんを見ていると、ぱちりと目が合った。

歌いながら口を尖らせる水琴さんは、ピアノの上に置いた片手を、もう片方の手とお腹前でがっちり繋ぎ合わせた。

緊張しているのを隠すためか。

思わず笑みを漏らすと、『笑わないで!』と目で訴えられた。

それに頷いて、鍵盤に視線を落とす。

先に笑ったのは貴女ですよ──と、ニヤけた顔が元に戻らない。

僕に弱いところを見せまいとして強がるところがなんともかわいらしくて。

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