Raindrop
「リクエストをどうぞ」

「そうね……。それじゃあ、バッハの『シャコンヌ』を」

「バッハのシャコンヌ……ですか」

水琴さんのヴィタールのシャコンヌの後では、見栄えしないものになってしまいそうだが……。

「完成度は気にしなくていいわ。音楽は日々進化していくものだから。今の貴方が演奏できる最高のものを聴かせてくれればいいの」

「……分かりました」

その言葉に僕は頷いて、深く息を吸い込んだ。


つい先日、コンセルヴァトワール受験のために覚えなさい、と渡された教本の中にあったJ.S.バッハの『無伴奏ヴァイオリンパルティータ第二番』より、シャコンヌ。

かなり長い時間をかけて読み込み、完璧に暗譜してある。

何度か弾いてもみた。

ただ、バッハは難しいのだ。

技巧的にはもちろん、飽きさせないで聴かせるだけの表現力が必要になってくる。

緊迫感、荘重さ、悲壮感。

そういったものを全体に響かせながら、ひとつひとつの音を丁寧に。

今の僕が聴かせられる、最高のものを。


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