Raindrop
知らず、膝の上に置いた手に力が篭る。


ひとつ年は違うけれど、僕と拓斗はほぼ同時期にヴァイオリンを習い始めた。

けれど体を動かす方が好きな拓斗は、小学生の頃は僕の半分ほどしか練習をしていなかった。

実力に差が出るのは歴然としていて、正直なところ、これまで拓斗を脅威と思った事はなかった。

けれど……。

中学に入ってからというもの、拓斗の才能は一気に開花した。

もともと真面目で努力家な彼だ。

音楽と真摯に向き合う拓斗は、目を見張るほどの集中力で一音一音を丁寧に聞き取り、それを吸収、そして全部自分のものにしていく。

この『春』も、先日指摘したところを見事に修正してきている。

努力の跡が伺える、素晴らしい演奏だ。


──僕が家で練習したくないのは、決して、拓斗に差をつけたいからではない。

彼と一緒に練習することで、僕の音が拓斗の音に喰われてしまう。

そんな……恐怖感からだった。



< 23 / 353 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop