Raindrop
落ち着かない気持ちで迎えた翌日。

母の言う通り、マルセル・ブランは熊のような風貌をしてはいるが気さくな人で、入学したらちゃんと面倒を見てあげよう、と約束をしてくれた。

節の太い指をした手と握手をし、この手が至上の音を紡ぎだす神の手か、と感動を覚えた、その一週間後。


帰国した僕たちは、久々に水琴さんのレッスンを受けた。




いつものように花音から始まり、拓斗、そして僕の順番がやってくる。

時々は僕の練習を見学している拓斗と花音だけれど、今日はまた花音が水琴さんにお菓子を作るのだと言っていたから、拓斗もそれの手伝いに行くのだろう。

時間になって交代すると、拓斗は「あとでね」と言ってレッスン室を出て行ってしまった。

拓斗が出て行くのを見送っていた水琴さんは、その笑顔のまま僕と視線を合わせた。

「……じゃあ、和音くんも始めましょうか」

ふわり、と。

いつも通りの笑顔を向けられる。

「今日は『ヴォカリーズ』の仕上げをしましょう。一通りやったら、次に進みましょうか」

僕から視線を外し、ピアノの譜面台に楽譜を広げる水琴さんの髪が、さらりと肩から落ちる。

それを耳にかけながらまた僕に視線をやる仕草は、至って普通だ。

悔しいくらいに。

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