Raindrop
「謝ることなんてないわ。調子の悪いときは誰にでもあるものだし。……むしろ謝るのはこちらの方よ。きちんと謝らないままで。……この間はごめんなさい。あのあと体調に変わりはなかった?」

楽譜を胸に抱え、心配そうに眉尻を下げる水琴さん。

「特に問題はありませんよ」

「本当?」

「ええ、ご心配ありがとうございます」

水琴さんにチラリと視線を向けて微笑みかけた後、ヴァイオリンをピアノの上に置き、弓を緩めた。

「それなら良かったけれど……。ごめんなさいね。私、相当浮かれていたみたいで」

「……水琴さんがですか?」

ソファの上に置いておいたバッグに楽譜を入れる水琴さんに、視線だけをやる。

「ええ。楽しい時間を過ごせたものだから……つい、ビンのラベルを見逃してしまって。……反省してます」

頭を下げると、栗色の髪がまた肩から滑り落ちた。

それを耳にかけながら顔を上げ、僕の顔を伺う彼女の目は、あのときのような動揺は一切見られない。

優しげな慈愛に満ちた瞳で、僕の身体をただ純粋に心配している目だ。

そんな大人の対応をする水琴さんを、僕は。

もう一度、動揺させてみたかった。

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