Raindrop
「楽しく過ごせたのなら何よりでした。僕の方こそ随分と浮かれていたようです。おかげでご迷惑をおかけしてしまいました」

弓のスティックの汚れをクロスで拭き、ケースにしまう。

静かなレッスン室に、ケースを閉じる乾いた音がやけに大きく響いた。

「そんな、こちらこそ……」

「倒れたのも、貴女に、触れてしまったことも」

「……え?」

背後で戸惑い気味の声が上がるのを聞きながら、レディ・ブラントの繊細なボディもクロスで丁寧に拭く。

「あ、あの……和音くん。……何か、覚えているの?」

「まあ、大体は」

本当は濃い霧に覆われたように、あのときの出来事は覚えていないけれど。

唇の冷たい感触だけは、はっきりと思い出せている。


水琴さんの声が聞こえなくなった。

僕はレディをケースにしまうと、どんな反応をしてくれているのだろうと振り返った。


少しは驚いた顔をしているのだろうかと思ったけれど……振り返って驚いたのは僕の方だった。

水琴さんは自分の口を両手で押さえ、耳まで真っ赤になって立っていた。

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