Raindrop
10日ほども溜息とともに過ごした僕は、大人過ぎる対応の水琴さんに苛つき、もう一度動揺させてやろうと目論んだわけなのだけれども。

あまりにも動揺した彼女の姿に意表をつかれた。

「あ……あのね? いいの、ぜんっぜん、構わないのよ? 酔った人には良くあることなのよ。和音くんは知らないと思うけれど、本当、良くあることなのよ」

僕から視線を逸らし、無理に笑みを作って早口にそう言う水琴さんは、先程までの落ち着いた雰囲気をどこかに忘れてきたかのようだった。

「アキちゃんだってああ見えてキス魔なんだから。何度餌食にされたことか分からないのよ? だから気にしないでね? 本当に大したことではないの。大体、私が悪かったのだし、和音くんが気にする必要なんてこれっぽっちも……」

楽譜の入ったトートバッグを握り締め、俯き加減にそう言い募る水琴さんの薄い色の髪がさらりと零れ落ち、赤くなった頬を隠した。

それを見た僕は何も考えることなく、慌てる水琴さんに近づいていった。

そして、その零れ落ちた薄い色素の髪に手を伸ばし、掬い上げ、隠れた顔を露にした。


撥ねる肩。

持ち上がる長い睫。

交わる視線。


「……そこまでおっしゃるのなら、僕はもう謝りませんよ」

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