Raindrop
「終わったぁ?」

ひょっこりとドアの隙間から顔を覗かせた花音は、ソファ横に立つ水琴さんと、その後ろで窓の外を眺めている僕を目撃することになる。

「あ、ええ。今日は早めに切り上げたのよ。休み明けは疲れますからね」

穏やかな水琴さんの声が、背中越しに聞こえてくる。

「そうなんだぁ。じゃあ、お菓子持ってきますねー。あのね、あのね、今日はスフレなんだよ~」

「花音ちゃんのお菓子おいしいから、楽しみにしていたのよ」

「本当っ? えへへ~、今持ってくるから、まっててくださーい」

「ええ、ありがとう」


その声を最後に、ぱたん、とドアの閉まる音。

再び静まり返る室内。

「……あ、あのね?」

花音と話していた穏やかな声とは違う、上擦った声が聞こえてきた。

「今ので、おあいこ、ですからね。本当に、もう、気にしては駄目よ……?」

その声に振り返ると、まだトートバッグを抱えるようにしているのであろう、水琴さんの細い背中が見えた。


本来ならばここで謝罪の言葉を口にして、この話をきっぱりと終わらせるべきなのだろう。

けれども僕は。

今の僕は。

そんなことなど頭の片隅にもなかった。

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