Raindrop
鮮やかなはずの紫陽花の色さえもくすんで見える、この重い気持ちを深呼吸で払拭させ、レディと、そして曲と向き合う。


奏でるのは『雨』。

F.F.ショパン作曲、『24の前奏曲より 作品28 第15番変ニ長調』──俗に言う、『雨だれのプレリュード』。

ショパンの最後の恋人、ジョルジュ・サンドと共に滞在していたスペイン、マジョルカ島にて作られた曲。

ショパンは教会の中でひとり、優しい雨音を聞いているうちに、突然離れている恋人の身に不幸が起きるのではないかという不安と恐怖に慄いた──。その心情を表現したという逸話もある。

その通り、序盤は甘さを含んだ静かで穏やかな雨音が響くのだけれど、中間部で転調すると、雨音は突如として死の足音へと変化する。

胸が張り裂けそうなほどの不安を、静かに、不気味に響かせて。

そして、息苦しいほどの焦燥感と恐怖感を乗せて音を疾走させ、爆発させる──。



いつしか振り出した雨が地面を優しく叩く音に、あの日響いたヴィオラの面影が重なった。


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