Raindrop
柔らかく地面を叩く雨音に混じり、どこからか足音が響いてくる。

それを夢心地に聞きながら音を奏で続けていると。

「何をやっているの!」

突然そう声がして、ぐいっと腕を掴まれた。


雨音の落ちる世界からはっと意識を戻された僕は、その声に振り向いて……心臓が、止まるかと思った。

「え……」

声が、出ない。

静かな雨音も、そよぐ風の音も、咲き誇る紫陽花の色もどこかに吹き飛ばし、その存在は僕の目の前に現れた。

線の細い女性だ。

肩下まで伸びた色素の薄い髪が緩やかに波打ち、美しい瞳で僕を睨み上げている。

「そんな大事なものを濡らさないで。もう弾けなくなってしまうわよ」

彼女は着ていた白いカーディガンをさっと脱いで、僕からレディを奪うと丁寧にそれで包み込んだ。

「西坂さんが近くにいらっしゃるのでしょう? 車を出してもらって。早く楽器店に行って見てもらわないと」

片腕でレディを抱きかかえ、反対の手で僕の手を強く引いて歩き出そうとする、この目の前の女性は。

「……水琴、さん」

< 343 / 353 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop