Raindrop
気の抜けた僕の声に、彼女は一瞬だけ僕を振り返った。

けれどすぐに前を向いて、「早く、早く」と急きたてる。


……僕は夢を見ているのだろうか。

今日は彼女を思い出す日だと決めた僕に、神が見せてくれた一瞬の幻だろうか。


でもどうやら目の前の彼女は幻でも夢でもないらしい。

駐車場で待機してくれていた西坂が、水琴さんの姿を見るなり顔がムンクの叫びのように歪んだ。

しかしすぐにいつものフランケンシュタイン顔に戻り。

「み、水琴様、お久しぶりでございます、ご機嫌麗しゅう……」

と、震える声で頭を下げた。

「西坂さん、すみません。すぐに近くの楽器店へお願いします。和音くんのレディ・ブラントが濡れてしまって」

「な、なんと!」

西坂はまた顔をムンクの叫びにした。

……それはそうだろう。これは亡き祖父から譲り受けた家宝。売値なんかつけられない価値あるものだ。

「どうぞお乗りください。すぐに参ります」

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