Raindrop
「2年くらい、ずっと眠っていて……起きてからも記憶がほとんど飛んでいて。半年くらい、よく分からなかったんだけど……」

目を逸らしたままの彼女から笑みが零れた。

「不思議ね……。貴方のことだけは全部、覚えていたわ」

傷に触れていた僕の手の上に水琴さんの手が重なり、視線も重なり合った。

「エリザベートコンクール。おめでとう。素晴らしい演奏だったわ」

「……観に、来てくれていたんですか?」

こくり、と水琴さんは頷く。

「予選からずっと……観ていたわ。バッハのシャコンヌ。とても上手になったのね」

「約束を、しましたから」

「ええ」

反対の手を彼女の滑らかな白い頬に添え、確かに触れられて、確かに目の前に存在することを確認する。

雨に濡れて少し冷えてしまった頬を撫でると、水琴さんがくすぐったそうに肩を竦めた。

「ファイナルのショスターコーヴィチも……凄い迫力で」

「母には負けていられませんからね」

「律花さんも満足してくれたでしょう?」

「ええ」

頷きながら、水琴さんの唇を自分の唇で掠め取る。

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