Raindrop
パガニーニは偉大なる作曲家にして天才ヴァイオリニストだった。

過去、現在、未来において、彼を越えるヴァイオリニストは存在しない、と言われているくらいだ。

そのあまりの鬼才ぶりに、周りからは「鬼人」だの「魔人」だの呼ばれて畏れられ、人間扱いされなかったこともあるとか。



悪魔に魂を売り渡して才能を手に入れた……か。

そんなことが出来るのなら、僕もそうしたいくらいだ。

何故なら……僕の『鐘』は、未だ鳴らない。荘厳な『カンパネラ』の音が、僕の演奏からは聴こえてこない……。


「なんだよ。そんだけ弾けて不満なわけ?」

「“弾けてる”だけなんだ。弾けるだけのレベルなら、いくらでもいるよ」

「贅沢なヤツだなー。まぁ、世界を目指すんなら当然かもしんねぇけど。俺なんかまだまだ楽譜と睨めっこの段階だってのに」

ヴァイオリンケースを閉じ、響也を振り返る。

「10日切ったけど、間に合いそうかい?」

「まー、頑張るしかねぇべ?」

そう言う響也を、じっと見つめてみる。

もし──間に合ったら。

彼が本選まで行けたなら。

『橘』でなくても入賞出来るのだと。僕たちは決して親の七光りで入賞しているのではないと、証明出来るのではないか──。

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