デュッセルドルフの針金師たち前編
あれだけの群衆はどこに消えたのか?皆柱の陰に潜んで、
石畳の車道、ケッテ、商品、くつ、カバンに黒ベッチン
が散乱した石畳をじっと息を潜めてうかがっている。

オサムもはだしだった。何人かがうずくまってうめいている。
女の子はいない。歩いているのはオサム一人だ。
うまく逃げられたか、マメタン?どこだ、マメタン?

歩道屋根の柱の影にびっしりと人々が押しくら饅頭のように
体をくっつけ息を凝らしてじっとこっちを見つめている。
遠くでサイレンの音が聞こえる。柱のほうにゆっくりと

近づくとみな視線をそらせて内側へ体を寄せ合っていた。
皆無言で息を凝らしている。すると、
「オサム」

右手の柱の群衆の奥のほうで小さな声が聞こえた。
「オサム」
おーっ。マメタンだ!オサムは近寄って彼女を抱きしめた。

「無事か?」
「ええ。だけど顔にスプレーをかけられてヒリヒリする」
よかった。火をつけられんでよかった。冷や汗もんだ。

あらためて、思いっきりマメタンを抱きしめた。
『彼女を忘れて先に逃げた。俺の愛って、そんなもんだった
のか。嫌われてもしょうがないな』

これを機に人々がそろそろと動き出し始めた。
パトカーと救急車がサイレンを鳴らしてやってきた。
かなりの数だ。

早めにこの場から退散しよう。全てを清算して二人だけで
約束の旅へ出よう。最後のアルトの夜、しかもクリスマス
の夜を二人はだしでホテルへと向かった。


            ー前編完ー


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