追憶 ―混血の伝道師―
彼女の住む街には、
こんなに大きな森は無いし、
ここまで静かで暗い場所も無いだろう。
更には、街に住む人々は暗がりを怖がる。
不安で当然か…。
何が出てくるのか、
何が起こるのか、
先程から周囲の木々に怯えて身を縮めている。
「……じゃあ、ユリさん。空を見てみましょうか」
「――…空?」
「うん、ここはガス灯が無いから、月たちがよく見えるよ」
街にはオレンジ色のガス灯が常に灯っている。
更には工業地帯から出る白い霧が紺色の空をくすませているから、余計に有るべき物をぼんやりとさせる。
ここには、それが無い。
「空が…澄んでる…」
木々の合間から広がる紺色の空には、くっきりとした幾つもの月が覗いていた。
「色がついて…ます?」
「うん、気付いたね。今は16の月の内、6つしか見えないけれど。青く光る月、白い月、赤色の月…。あっちでは色まで分からないでしょ」
「…わぁ…、凄い…」
少し不安が和らいだ彼女の表情に、僕は満足して笑顔を作っていた。
「恐がる事は何も無いよ。森の中は、何もかも皆が優しいから。恐い物は何も出ない。安心して楽しんで?」
「……本当に?」
「うん。学園長の手紙にもあったでしょ。僕を信用してよ」