Ghost of lost
 それからは勇作は穏やかな夜を過ごせる様になった。カオリ達の宴も終わり、リサも勇作の隣で静かにしている。相変わらず昼間は勇作の後をついて回っていたが、特に悪さをすることもなく平穏な日々が続いた。
 そんなある日、会社からの帰りの地下鉄のホームで勇作は不意に後ろから肩を叩かれた。振り返るとそこに懐かしい顔があった・。
「岸田君じゃないの。久しぶりね」
「お前、西田か?
 勇作は目の前のスーツ姿の女に向かっていった。
 西田操、勇作の高校時代の同級生だった。
 二人は都心から一時間程度のベッドタウンの出身だった。勇作と操は小学校以来の幼なじみで、高校を卒業後、二人は別々の進路に進み、それ以来会うことはなかった。
 それが都会の片隅で再会した。 
 勇作は素顔の操しか知らなかった。だから今流行の化粧を上手く施している彼女が自分の知っている操とは中々重ならなかった。
「お前、久しぶりだな。今、何をしているんだ?」
「小さな広告代理店に勤めているわ。岸田君は?」
「事務機屋の営業マンさ。売れないね」
 勇作は自分を恥じる様に頭を掻く仕草をした。
 駅のホームにアナウンスが響き、遠くから電車が近づいてくる音が聞こえてきた。トン念ルの中、押し出されてくる空気が肩まで伸びた操の髪を靡かせる。軽いウェーブのかかった髪を操は「右手で押さえた。」
「だから地下鉄は嫌なのよね」
 操は照れくさそうに微笑んだ。
 その表情は高校時代のあどけない面影を見せていた。
 高校時代、勇作はこの操を憎からず思っていた。いつも笑顔を絶やさない彼女の顔が彼の脳裏に焼き付いていたこともあった。けれども結局友達以上の関係には発展しなかった。幼なじみということが彼に二の足を踏ませていたからかもしれない。操に告白することもなく高校時代は終わった。
 今、目の前にその操が居る。
 都会の空気に洗練されてはいるが、その笑顔は昔のままの彼女が居る。勇作は彼女と引き合わせてくれた偶然に感謝した。
「いま帰りなんでしょう。時間ある?」
 操は無邪気な瞳で勇作を見つめている。
 勇作には特別の用事はなかった。けれどもいつもはリサが傍らにいることを意識しているので、可能な限りアフターファイブの付き合いは控えてきていた。
 だが、その日は懐かしい思い出に浸っていたのか、リサのことを意識していなかった。 勇作は操を伴って駅のエスカレーターで地上に向かっていた。 
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