Ghost of lost
地下鉄の駅を出て、五分ほど歩いたビルの地下に小さな喫茶店があった。木目を意識したインテリアを暖かな橙色の灯りが照らして居る空間にレコードからジャズが静かに流れていた。十人が座れる程度のカウンターと四人がけのテーブル席が二つある程度の小さな店だった。
カウンターの向こう側には痩せ形の体型にほどよく色褪せたポロシャツとジーンズをはいたマスターが一人いるだけだった。この店には軽食のメニューはなく、マスターが選んだコーヒーとケーキがある泥土だった。
けれども二人の前にはそれ以外のワイングラスに入った透明な液体が置かれていた。その液体からはほんのりと果物の様なカオリが微かに漂っていた。
勇作はワイングラスを持って、操の方に翳した。
「再会を祝して…」
勇作の言葉に操もグラスを掲げる。
二つのワイングラスが触れ、済んだガラスの音が一つ、鳴った。
店の中には二人の他に客はなかった。カウンターの向こうのマスターは二人のことを気にもとめていない様にグラスを磨いている。 近すぎず、遠すぎずという姿勢がマスターの気持ちだった。
その距離が心地よくて勇作は時々一人でこの店に立ち寄っているのだった。
「本当に久しぶりね。何年ぶりかしら?」
「八年」
「そう、もうそんなになるのね…」
操はグラスを置き、カウンターに肘をついて両手の指を弄んでいた。
瞳が遠い所を見つめている。
勇作は胸のポケットから煙草を一本取り出すと操に同意を求めた。
操は一瞬考え込んだが、やがて小さく頷いた。
ZIPPOの火が揺らめき、髪に巻かれた葉が仄かな光を放つ。
「ねぇ、これお酒でしょう?」
操は初めてであったとでもいう様にワイングラスの中の液体を指さした。
「ええ、デパートの物産で買ってきたものを冷蔵庫に入れて一年寝かせたものです」
マスターが静かに答える。
操はグラスを取り上げて透かして見る。
それから二人は小一時間ほど昔話に花を咲かせた。そうしているうちに二人の時間は遡っていった。遡った時は、二人の心を昔の者に戻していった。そして操は不意に口を開いた。
「ねぇ。私あの頃、岸田君のことが好きだったのよ」
操の言葉は、それぞれの意味で勇作とリサの心を矢の様に貫いた。
カウンターの向こう側には痩せ形の体型にほどよく色褪せたポロシャツとジーンズをはいたマスターが一人いるだけだった。この店には軽食のメニューはなく、マスターが選んだコーヒーとケーキがある泥土だった。
けれども二人の前にはそれ以外のワイングラスに入った透明な液体が置かれていた。その液体からはほんのりと果物の様なカオリが微かに漂っていた。
勇作はワイングラスを持って、操の方に翳した。
「再会を祝して…」
勇作の言葉に操もグラスを掲げる。
二つのワイングラスが触れ、済んだガラスの音が一つ、鳴った。
店の中には二人の他に客はなかった。カウンターの向こうのマスターは二人のことを気にもとめていない様にグラスを磨いている。 近すぎず、遠すぎずという姿勢がマスターの気持ちだった。
その距離が心地よくて勇作は時々一人でこの店に立ち寄っているのだった。
「本当に久しぶりね。何年ぶりかしら?」
「八年」
「そう、もうそんなになるのね…」
操はグラスを置き、カウンターに肘をついて両手の指を弄んでいた。
瞳が遠い所を見つめている。
勇作は胸のポケットから煙草を一本取り出すと操に同意を求めた。
操は一瞬考え込んだが、やがて小さく頷いた。
ZIPPOの火が揺らめき、髪に巻かれた葉が仄かな光を放つ。
「ねぇ、これお酒でしょう?」
操は初めてであったとでもいう様にワイングラスの中の液体を指さした。
「ええ、デパートの物産で買ってきたものを冷蔵庫に入れて一年寝かせたものです」
マスターが静かに答える。
操はグラスを取り上げて透かして見る。
それから二人は小一時間ほど昔話に花を咲かせた。そうしているうちに二人の時間は遡っていった。遡った時は、二人の心を昔の者に戻していった。そして操は不意に口を開いた。
「ねぇ。私あの頃、岸田君のことが好きだったのよ」
操の言葉は、それぞれの意味で勇作とリサの心を矢の様に貫いた。