Ghost of lost
 夏の日差しが強い。
 病院の駐車場に向かう二人の刑事にもその日差しは容赦なく降り注いだ。蝉の声が至るところから聞こえてくる。小島はくたびれた背広の上着を脱ぐと左の腕にかけ、ズボンの後ろポケットから取り出した扇子を広げ、仰ぎ始めた。恵はガーゼのハンカチで浮き出す汗を拭っている。
「奴さん、何か隠しているな」
 小島は先ほど会った青年の様子を思い出して呟いた。恵もそれに同意する。
「私、厭な感じがするんですよね…」
「厭な感じ?」
「ええ、去年の連続殺人のような…」
 恵の0いう事件とは昨年この地域の中学校で起きた連続絞殺事件のことだった。この事件で三人の女生徒が殺害され、一人の女生徒が発狂していた。犯人核保護、犠牲者達の担任の教師が自殺し、犯人もまた拘置所の中で自殺をしていた。証拠と言えるものはほとんど無く、また不可解の点もあった事件だった。
 それと同じ官職を今回の事件でも感じる、恵の表情はそう言っていた。
「あまり気にするな。あれから嬢ちゃんは少しおかしいからな」
 小島はそう言うとにやりと笑った。
「ちょっと小島さん、その『嬢ちゃん』というのは止めて下さいって前から言っているでしょう」
 恵はふくれて見せた。
 そんな会話をしながら二人は止めてあった覆面パトカーのドアを開けた。
 閉じ込められていた熱気が一斉に外に飛び出し、二人を包んで通り過ぎていった。
 ムッとくる室内の暑さの中、小島は助手席に、恵は運転席に収まった。エンジンが掛かり、エアコンがその能力いっぱいに強う冷気を吐き出す。
 車が静かに走り出した。
「去年の事件(ヤマ)か…」
 飛び去る車窓を眺めながら小島は呟いた。
 確かに今回の事件でも証拠といえるものは指紋一つとれていない。だが刑事ドラマでも指紋は有力な証拠となることを告げている。そういうものを残す者はいない。また目撃者もいないが、被害者が独身であることを考えれば納得もできる。現場のアパートやその周辺にも監視カメラの類もない。書庫や目撃者がないことは去年の連続殺人事件と同じだが、状況は異なっていた。
 今回は普通の事件なのだ。恵の言うことは杞憂に過ぎない。小島は胸の中でそう呟いた。
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