Ghost of lost
 病院の屋上。
 理彩の透視が終わった美里が跪き肩で息をしている。右手をこめかみに当て眉間に皺を寄せている。過去に遡るという行為はそれだけ美里の精神力を奪っていた。
「大丈夫ですか?」
 理恵は力を使い果たした美里に駆け寄りその顔を覗き込んだ。
「ええ、私より理彩さんの方を診て頂戴…」
 理恵は美里の言葉に従い少し離れたところにいる理彩の方を診た。そこには頭を抱えてしゃがみこんでいる理彩と彼女をかばうようにしている車椅子の勇作の姿があった。理彩の身体が脈打つように薄らいでいく。存在が希薄になってきているのだ。
「理彩、しっかりしろ」
 勇作が声をかけ続けている。
 それでも理彩の身体は薄くなっていき、今では向こう側の景色が透けて見えるまでになっていた。
「存在が消えかかっている…」
 理彩の様子を見て美里が呟いた。
 その声は決して大きなものではなかったが、理恵と勇作の耳に届いた。
「どうすれば…」
 為す術のいない勇作は美里の方を見た。
「勇作…、助けて…」
 理彩の声が消え入るように勇作の耳に届いた。既に理彩の足首が消えてしまった。それでも時は容赦なく彼女の身体を飲み込んでいこうとする。
「勇作君、理彩さんのことを強く念じて。理彩さんの心を引き戻して!」
 美里の叫ぶ声が聞こえてくる。
 勇作は理彩のことを強く念じた。出会ってからこれまでのことを思い返した。
 理彩が存在していたことを強く思い返した。「もどってこい…。戻ってこい理彩!」
 だが、勇作の叫びも虚しく理彩の身体は消えていった…。
 空虚な風が吹きすぎていく。
 後に残された三人には暫く言葉も出せなかった。やはり理恵の言うとおり記憶を戻させようとする行為はリサを追い詰めることでしかなかった。戻させようとしなければ理彩は今も勇作の傍にいたはずだった。たとえあの黒い影が勇作や理彩を襲ってきてもその度に追い返せば良かったのだ。
 過去など知る必要はなかったのだ。
 勇作は自分を責め続けた。
 自分の行動を責めた。
 理彩のいた場所にはどこから舞い上がってきたのか細かい砂が渦を巻いていた。
「理彩…、戻ってこい…」
 まるで譫言のように勇作の唇は動いていた。何度も何度も同じ言葉を繰り返していた。その様子はあまりにも痛々しく理恵富里の目に映った。舞い踊る砂の一つがキラリと光った。その光が二つ三つと次第に増えていく。やがてその光は渦を巻き人の形を造ろうとし始めた。
 そのとき、激しい空気の塊に勇作は車椅子のまま弾き飛ばされた
黒い影が冷ややかに見下ろしていた。
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