誰も知らない物語
「とりあえず…入るか。」
と家の玄関を開けた。
あまり綺麗とはいえない空間があった。
「…中は竹のじーちゃんより汚いな。」
「悪かったな。」
「これ、まだ綺麗な方よ。」
「うっせー!」
二人は笑って俺をバカにした。
どうやら、バカにする奴が一人増えたらしい。

しかし、優香の言う通りいつもよりかは綺麗なため、案外短時間で部屋は綺麗になった。

「とりあえず、休みながらお茶でもしましょ。」
と優香がお茶をいれに行ってくれた。

優香は冷蔵庫から麦茶を取り出してコップに注いだ。
優香に冷蔵庫を開けられるに抵抗はなかった。
晴彦や健三、美保なんかはよく俺の家に遊びに来る。
優香も例外ではない。
大学から近いということが理由らしい。

そのため、
「今日はいつもより少なくない?中身。」
と口出しもできる。
「たまたまだよ。」
「ふーん。」
麦茶をいれたコップをテーブルに置いた。

「…で、どうするのさ?」
俺は麦茶をゴクッと飲み干し言った。
冷たい麦茶で頭が少し痛い。
「そうだよね。ちょっと情報が…。」
瑠奈の恋人探し、協力すると決めたが探す宛がない。

「とりあえず…図書館?」
「いや…あいつに聞くのもありかな。」
優香が図書館と言っていたが、その前に依りたいところがあった。
「あいつって…まさか?」
優香も分かってくれた。

「そ!甲斐さんだよ!」
甲斐さん。
本名、甲斐優人。
文学研究サークルの先生であり、文学部の教授。
しかも、専門が古典ときたものだ。

「確かに。当たる価値はあるはね!」
「だろ?」
俺は得意気に笑ってやった。
久しぶり優香に対して勝てた気分だ。

「誰じゃ?その甲斐とやつは?」
俺たちの話を不安そうに聞く瑠奈。
瑠奈からしたら、たぶん俺たち以外の人間は関わりたくないのだろう。
「甲斐優人さん。俺たちの先生だ。」
「なるほど。」
納得したのか顔がパッと明るくなった。

「それじゃ、時間もないし…さっさと行こうか?」
優香が立ち上がる。
「早くない?」
「三日間っていう期限なんだから、早くしないと!」
と俺を急かす。
確かに、本当に探すなら事は急がないと…か。

「じゃ、守。一回外出てて。」
「はっ?」
「瑠奈さん、着替えさせるから!守は、じゃーま。」
と不適な笑みをこぼし俺に言った。
その気迫とも言えぬものに圧倒された俺は、何も言えず外に出た。
…外は灼熱だった。
夏の真っ昼間に外に追い出されるとは…。

そもそも俺、家主じゃん!

ため息を吐いて空を眺める。
雲が高かった。
夏の空だ。
吸い込まれそうなくらい青い空だ。
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