誰も知らない物語
「その遣いの中に…他に人が居ませんでしたか?」
「鋭いね!」
と甲斐さんは驚いた。
「調べました!」
口からでまかせが言えたものだ。

「設楽さんが言う通り、遣いは他に四人いて計五人いた。」
「誰だかわかりますか?それが分からなくて…。」
甲斐さんはそのことを聞くと、徐に立ち上がり棚に手を伸ばした。

棚から一冊の古びた本を取り出す。
「そこまで調べた学生は設楽さんが初めてだ。…特別だ。この文学書を貸します。」
と優香に手渡した。

「あ、ありがとうございます。」
「この本は竹取物語の時代に書かれたと言われているが…竹取物語同様に書き手が知られていない。」
夕陽が研究室に差し込んだ。
赤い光が室内を満たす。

「何か、課題の役に立つはずだ。検討を祈る。」
なんだろう。
すっごい、甲斐さんがかっこよく見える。
夕日のせい?それとも、珍しく教授っぽいから?
…どちらにせよ、甲斐さんの所へ来て正解だった。

その後は再びいつもの甲斐さんに戻った。
クダラナイ話しを優香と瑠奈にしている。
…それにしても、さっきから瑠奈の様子が変だ。
さっきまで甲斐さんと楽しそうに話していたのに今はなんだが、怯えている。

「お前…どうした?」
たまらず瑠奈に声をかけた。
しかし、瑠奈は一言。
「なんでもない。」
やはり…なにか隠しているような素振りだ。

「守、どうした?」
俺が瑠奈に対して疑いの目をかけていると優香が気づいた。
「いや…別に。」
今は、様子を見るしかない。

俺は気にしないふりをした。
気にして瑠奈に聞いても、答えはくれないだろうと思ったからだ。

結局、そのあと瑠奈が笑うことはなかった。
甲斐さんもそのことに気づいたようで、
「瑠奈さん、お気を悪くされましたか?」
と気を使うが、
「大丈夫じゃ。」
の一点張り。
このままでは甲斐さんに悪い。
「なぁ、そろそろ行こうぜ。」
「行くって…どこに?」
「健三のとこ。」
咄嗟の判断だ。

別に行く予定などないが、今はこの場から出たかった。
瑠奈に聞きたいこともある。
甲斐さんから借りた文学書のこともある。
…確かに、健三のところへも行きたかった。

「そ、そうね。」
ある程度はわかってくれたようで、優香も話を切ってくれた。
「そうか!なら、課題がんばってな!」
と笑顔で送り出す。
何個か嘘をついたことが胸に刺さる。

「んじゃ、甲斐さん。またなんかあったら来るわ!」
「はいはい。」
甲斐さんは楽しそうに俺たちを正門まで送ってくれた。
この人の人柄が一二を争うほどの人気を得ているのだろう。
つくづく実感した。

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