誰も知らない物語
「何故、そこまでして瑠奈さんを連れ戻そうとするの?」
そうだ。
優香の言う通りである。
わざわざ月の帝が地上まで来る必要があるのだろうか?

「月での地上の民…つまり、人間は愚民として嫌われているわ。」
「はっ?」
衝撃的な事実だ。
月で…人間は愚民だと。

「待て待て!…なら、お前もそう思っているのか?」
健三が血相を変えて聞く。
さすがに健三も驚きを隠せないようだ。

「いいえ。私はそんなこと思っていない。むしろ、地上の方々には感謝しているのじゃ。」
その言葉の意味は、竹取物語に通じていた。
自分を見捨てず可愛がってくれたからだと言う。

「けれど、兄…朔夜は違う。地上の民を蔑むことしかしない。」
「…だから瑠奈ちゃんを連れ戻しに?」
「えぇ。兄には私と蓬莱の関係が気に食わないようじゃ。」

それはそうだろう。
自分の妹が自分の蔑む人を好きだと言うのだから。

「…じゃが、私は蓬莱と約束したのじゃ。必ず来ると。」
「…一途だな、おい!」
話しを聞いていた晴彦は涙を流していた。
どうも、感動しているようだ。

「私は諦める気はないのじゃ。蓬莱もそうである。…ならば、私はどんなことをしてでも蓬莱に伝えなければならないのじゃ。“好き”だと。」

俺は自分が恥ずかしかった。
こんなにも心に一本の信念を持っている瑠奈を疑った自分を。
そして、こんなにも軽々と“好き”と言えてしまう瑠奈の力強さに。

「俺は…。」
言葉が先走る。
「俺は、瑠奈を信じる。必ず、蓬莱を探し出す!」
信じることにしたみた。
いや、もはや信じる他ない。
疑う余地がないじゃないか。

「バカ野郎。俺ははなっから信じてるよ。」
と健三。
「あったりまえじゃーん!」
事の難しさを余り理解してなさそうな美保。
「健三が本気出せば見つかるって!」
と他力本願に言う晴彦。
「守…。私も全力で探すわ。」

満場一致。
瑠奈のくすみのない言葉が俺たちをまとめた。
言い過ぎかもしれないが、少なくとも俺はそう思った。

「…じゃが、兄は地上の民に容赦はない。殺生は嫌うがどんな手も使うはすじゃ。」
と再び朔夜の警戒を促す。

「ああ、これからはできるだけ一人で行動しない方が良さそうだな。」
健三はいつものようにクールに仕切る。
そして、俺たちを二つのグループに別けた。
バーベキューの帰りの別け方だ。

「これならある程度バランスがとれる筈だ。守、そっちは任せたぞ。」
「了解。」
頼りにされている感じが嬉しかった。

「守…今更なんて遅いぞ。」
と耳元で言われた。
なんか嫌味っぽいので言い返してやろうと思ったが、優香は嬉しそうだった。
その表情に俺は何も言えなかった。

窓の外を見ればすっかり夜だ。
夜空には満月になろうとしている月がゆったりと浮いていた。
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