誰も知らない物語
帰り道。
夏の夜の暖かい風が吹き抜ける。
蟠りのなくなった俺たちの会話は弾んだ。

現代の話。
竹取物語からの歴史の話。
俺たち、文学研究サークルの話。
俺と優香の過去の話。

「優香のやつ、数学が苦手でさ。何回教えたことか。」
「そういう守は現代文、全然できなかったじゃん!」
「守殿、“すうがく”ってなんじゃ?」

昔の話をしているとあの時が懐かしい。
必死こいて勉強していた高三。
全てに全力投球だった。

勉強、昼休み、放課後…
体育祭や文化祭。なにもかも。

「守、なに黄昏てるのよ?」
空に浮かぶ月を眺めてボーッとしていた俺に突っ込みを入れる。
「いて!…なんでもないよ。」

思えばあん時からか。
気づいたら目で追っていた。
…何でかねぇ。

「守殿、あれだろ?」
と瑠奈が指差す。
その先には健三のアパートとは雲泥の差の俺のアパートだ。
「正解。」
なんか、哀れな気持ちになるわ。

鉄の階段がコツコツと音を鳴らす。
錆び付いたような音だが、俺にはこの音が似合う。
家のドアも鈍い音を鳴らす。
「たっだいまー。」
「優香の家じゃないだろ…。」
「はいはい。」
修学旅行にでも来たかのようにはしゃぐ。
たまに見せる子供っぽさ、笑える。

「そういえば…。」
「あ?」
急に立ち止まり、思い出したかのように言った。
「夕飯、まだだったよね?」
そういえばそうだ。
すっかり忘れてた。

「そういえば、そうだな。」
とは言え…俺に二人をもてなす腕などない。
試行錯誤を繰り返すが…
「守には期待してないよ。私が作るから。」
と最初っから自分が作りますって感じで台所に立った。
「サッ、サンキュー。」
こればっかりは、優香に任せるしかなさそうだ。

俺と瑠奈は先に居間へ行き、腰を下ろした。
「守殿、優香殿に言わぬのか?」
「なんの話だよ?」
瑠奈が何を言いたいのか分かっている。
昼間も聞かれたからだ。
「守殿、優香殿のこと好きなのじゃろ?」
もはや隠す必要もない。
むしろ、隠せていない。
…ばれている。

「好きだよ。」
お互い小言で話しているのに、さらに小言になってしまった。
何を言ったのか聞こえないくらい小さな声になってしまった。
それでも、自分の顔が熱くなるのを感じだ。

「…なら、何故言わぬのじゃ?」
いつでも言える状況にあるのに言えない。
おそらく、瑠奈からしたらこんな状況なのに言わない俺は馬鹿だと思っているのかもしれない。
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