誰も知らない物語
「私に結婚を申し込んできた殿方も正直、そんな目で見ていたのじゃ。『どうせ私欲』なのだと。」
よく考えてみた。
…誰かを好きになり、付き合いたいと思う。
これって…ある意味私欲なのだと。

「月では…そういうのないの?」
「少なくとも、飢餓や紛争は存在していない。」
優香の持ってきたお茶を啜り、誇らしげに言う瑠奈。
確かに、飢餓や紛争のない世界は素晴らしい。

「じゃが、蓬莱は違った。彼はそれは偏見だと教えてくれたのじゃ。」
「それって?」
「蓬莱は普段外に出れない私に外の面白い話を沢山聞かせてくれた。都の話、貴族の赤っ恥の話。」
瑠奈は楽しげに話した。
その当時、本当に楽しかったことが伺える。

「蓬莱は毎日来た。どんな日もじゃ。そして私を笑わしてくれた。蓬莱は私を楽しませることを第一に考えてくれたのじゃ。自分の結婚という私欲ではなく。」
瑠奈の言葉に熱が込められていた。
どれ程、蓬莱の事が好きなのかが言葉に触れてわかった気がした。

「…だから、私はそれ以来地上の民は愚民ではないと悟ったのじゃ。…第一、守殿や優香殿も私のために頑張ってくれているじゃろ?」
嬉しそうに話す。
そういう風に言われると…
「な、なんか照れるね。」
「任せろ、必ず見つけてやるよ。」
「ありがとうなのじゃ。」

俺は、少しでも蓬莱のように誰かのために頑張れてきたのかな。
瑠奈の言葉を聞いて、過去の自分を探してみた。

それにしても蓬莱ってどんな人なんだろう。
月のお姫さまの気持ちを変えるほど魅力的な人物なのだろうか。

食事を終え、一段落していると優香はいつの間にか寝てしまっていた。
ふと時計に目をやると随分と針が進んでいた。
昨日、今日といろいろとあったから疲れているのだろう。
俺は掛け布団を優香にそっと、起こさないようにかけた。

「守殿は素敵な方々に囲まれておるのじゃな。」
瑠奈が微笑む。
素敵と言えば…素敵なのだろう。
「優香殿は守殿のこと好きだと私は思うぞ。」
「そうか?」
あまり俺にはわからない。

確かに、優香と仲が良いのは認めたい。
けれど、優香が俺のこと好きなのかは別問題だ。
仲が良い=好きとは…思えない。

「じゃが、守殿は優香殿が好きじゃろ?なら、どのみち伝えねば。」
「そ、そうなんだけどよ。」
今日、何回この事を言われたことか。
どうして、瑠奈はそこまで伝えることに固執するのだろうか。

そういえば…
「お前、昼間に『私も人のこと言えた義理ではない』って言ってたけど…どういうことだ?」
「そのことか…。」
瑠奈は悲し気な表情をみせた。
窓から見える月を眺めながら話した。

「実は、私はまだ蓬莱に好きと言えてないのじゃ。」
「はっ?だって、恋人だって。」
「私は蓬莱に好きと言われて頷いただけじゃ。私からは一度も好きと言えてないのじゃ。」
「…そっか。」
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