誰も知らない物語
瑠奈もまたたった二言を言えていなかった。
けれど、瑠奈は言う。
それをずっと後悔してきたと…
どうして言わなかったのか。
どうして言えなかったのか。

「結局、私は言えずに月に帰ってしまった。」
実はその時も朔夜が連れ戻しに来たらしい。
ある意味…朔夜って奴はシスコンだな。

「だから、私は経験者として言うのじゃ。いつかではダメじゃと。」
何が起こるか分からない世の中。
確かに…明日何が起こるかも分からないのに先伸ばしにしていたらいけないのかもしれない。

「…まぁ、今更なのじゃがな。」
と笑う。
そうだ。
そう言って悲観的になるのはやめよう。

明日から本格的に探さなければならない。
忙しくなるのは明日からだ。
「守殿、よろしくお願いいたします。」
と深々く頭を下げる。
「今更かよ。」
と可笑しな気分になる。

不思議なものだ。
あんなに疑心暗鬼だったのに、物事をしかと伝わればこれ程の変われるのかと。

言葉とは不思議である。

夢?
朦朧とした意識の先に誰かがいた。
瑠奈だ。
声をかけようとしたが、声がでない。

瑠奈の先に一人の男がいた。
瑠奈同様に着物を着ていた。
日本の着物…というよりかは中国のような着物だ。
銀の髪に、キリッとした面立ち。
左の耳に龍の耳飾りを付けていた。

気が付けばどこか他の場所にいた。
俺の部屋ではない。
昔…それも奈良や平安時代を連想させる様式の廊下にいた。
「瑠奈、俺は認めんぞ!」
男が叫んでいる。
「兄さんは間違っているわ!」
瑠奈も叫んでいる。
兄さん…ということは、男は朔夜だ。

「わからんのか!地上がどれ程穢れているのか!」
「穢れてなどいないわ!それは誤解よ!私は諦めないわ。」
と言って朔夜に背を向けては俺の方に走り出した。

「おい、お前?」
声をかけようとしたが、瑠奈には聞こえていないようだ。
そして、姿も見えていないようで素通りしていった。
横を通った瑠奈は泣いていた。

「物わかりの悪さは父親譲りだな。」
途中まで追いかけてきた朔夜だが、俺の隣で立ち止まった。
近くで見ると凄い気迫を感じた。

「…愚民が。」
見えていないはずだ…。
それなのにその目は俺を睨んでいるような気がして仕方なかった。
その目に足がすくむ。

それは…まさに殺気。
このままいれば殺される。
そんな恐怖心を覚えた。

朔夜は腰に下げている刀を抜いた。
…殺される!
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