誰も知らない物語
風に乗り、優香の髪の香りがした。
それだけで…俺には十分だ。
別に、他にいらなかった。

川原へと下り、駐車場に車を止める。
もう一台そこに車があった。
誰のだか想像はつく。
「遅いぞ。」
車の中から顔を出す。
長谷川晴彦、昨日散々俺の家で騒いだ張本人だ。

「時間通りだろ?」
「桜井くんにしては奇跡よね!」
助席から降りてきたのは高瀬美保。
「確かに。」
運転席には倉持健三。

「晴彦から聞いたよ。昨日…散々だったらしいな。お陰様で俺が運転するはめになったよ。」
と、どこか不機嫌そうに健三は話す。
「悪かったってー…。」
この様子だと、車の中で散々言われたのだろう。

健三はまさにインテリ!という奴だ。
眼鏡をかけ、白のシャツにチノパンでスラッとした立ち姿…それで彼女あり。
…完璧すぎるだろ、こいつ。

「…で私たちは、なら桜井くんは絶対寝坊して遅刻ねって予想してたの。」
楽しそうに話す美保。

美保はまだ子供っぽい…とよくみんなにバカにされている子だ。
けれど、みんなそこが好きだとも言う。
どんなに暗い雰囲気でも一発で明るくできる。
たまにそれが面倒なときもある…。

「守、言い返してやれ!」
と、まだ意地を一応張っているバカが晴彦。

晴彦は言うまでもなく…騒がしい。
大学ですぐ友達になれた奴でもある。
優香には頭がいい人、と思われているようだが…実際は俺と変わらないと思う。
現実に、テストは同レベルだった。

「俺だってやるときは、やる!」
と強気で言ってみたが、
「私が来なかったら寝てた、でしょ?」
と優香に痛いところを突かれた。
「やっぱり…」
「そういうことだったんだ。」
と、健三と美保。

これで文学研究サークルのメンバーは揃った。
川の流れる音が静かに響いている。
細かい石の上に車から下ろした荷物を並べる。
道具は健三の車、食べ物は俺の車から下ろした。
用意した食べ物は優香と美保が昨日のうちに用意したようだ。

「それじゃ…」
「始めますか!」
夏の暑さなんかすっかりなかった。

あるのは青春。
なんて思った。
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