誰も知らない物語
目の前に立っていたのは月の帝である朔夜。
鋭い目線は俺たちに向けられていた。
「瑠奈、帰るぞ。」
と手を伸ばしてくるが、
「嫌じゃ!」
とその手を払った。

「やめない、嫌がっているではないか!」
近くにいた警官が制止に入った。
警官が来たのなら心強い。
だが、朔夜は警官など視界にはいっていないようだ。

「瑠奈、こんな愚民…どこがいい?」
と瑠奈を見下すように言う。
「兄さんにはわからないのじゃ!」
瑠奈も朔夜に抵抗する。
瑠奈も並みならぬ覚悟でここに来ているのは俺も知っている。
「なんだか知らないけど、兄貴なら妹の言ってることも分かってやれよ!」
「そうよ!」
俺たちだって黙っている訳にはいかない。

愚民愚民とバカにされていたら、恐怖心よりも腹が立ってきた。

「黙れよ、愚民。」
と俺たちに鋭い眼光を下した。
「お前ら愚民は俺たち月の民とは格が違うんだよ。」
とバカにする。
いつも健三や優香に馬鹿にされるが…この馬鹿にされ方は、ムカつく。

「なんだ?その目は?」
「…俺たちは愚民じゃない。」
「ほう?」
「…俺たちは俺たちだ!馬鹿にされるが筋合いはない!」
と体が火照るのを感じた。
これまで本気で怒ったことは少ないが…これが怒るってことなのだろう。

「き、君たちこれ以上暴れるなら…」
と警官が再び制止に入ろうとすると、
「黙れよ。」
と警官の胸ぐらを掴み、鈴の音が鳴った。
心安らぐ柔らかな音だ。
朔夜の鋭い感じとは似つかない。

…と、関心を抱いていると、
「えっ?」
警官が倒れていた。
まるで、魂を抜かれたかのようにスルッと倒れた。

あの事件の全貌だ。
警官は意識を失ったんだ。

「何したんだ?」
俺が叫ぶと、
「俺はこう見えても殺生は嫌いでね。少し眠ってもらっている。」
と楽しげに話す。
このようには言っているが、あまり信用はできない。

『守、聞こえるか?』
とイヤホンから声がした。
健三との通話が続いていた。

『事件の内容がわかった!朔夜に触れられ、鈴の音を聞いたらどうやら意識を失うようだ!』
と冷静に俺に伝えたが、
『今、それを目の前で見た。』
『はっ?』
俺はその状況を目の前で今見たのだ。
説明など…あまり意味ない。

「誰とゴチャゴチャ話しているんだ?」
と朔夜がこちらへ向かってきた。

これって…所謂、ピンチ?
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