誰も知らない物語
「守殿は寝ないのか?」
逆に聞き返されてしまった。
「俺も平気だ。」
「そうなのか。」
なんか…へーんなの。

「蓬莱はいい方じゃ。」
突然蓬莱の話を始めた。
俺が寝ないのを確かめたかのような切り出し方だ。
「会ったことないから…俺はなんとも。」
会ったことのない…しかも、聞いたこともない人を判断するのは難しい。
そもそも…、
「お前、なんでこんなに頑張れるんだ?月のお姫様なんだろ?月にもいい奴いるだろ?」
と思ったことをそのまま聞いてしまった。

瑠奈は月のお姫様。
だったら、月でも充分素敵な奴がいるはずだ。
わざわざなんで?

「誰かを好きになるのに理由などないじゃろ?」
「そうだけどよー…。」
「なら、なんで守殿は優香殿のことが好きなのじゃ?」
瑠奈が真顔で聞く。
好きな理由…考えたこともなかった。

優香はいつの間にか当たり前に隣にいた。
高校三年の受験の時、何気なく志望大学が一緒だったというだけで話すようになった。
初めはただの話し相手。
そんな感じだったのに…。

揺れる電車に身を任せたままだ。

「私は…ただ蓬莱のことが好きじゃ。」
「ただ…ね。」
俺には…正直わからない。
たぶん、みんなもだろう。

いつも俺たちに好きな人ができると『どうして?』『なんで?』が当たり前だ。
だから、みんな理由を探す。
『かっこいい』だの『可愛い』だの…。

でも、それは普通のような気がする。
理由がなければ好きにはならない。
それが俺には普通のように思う。

だから、瑠奈の“ただ”と言う言葉に俺は戸惑いを隠せなかった。

誰かを好きになる時、理由はある。
それが摂理である。
理由もなしに好きになるのはただのエゴである。

「蓬莱に会うまでは月には帰れぬ。」
「それは分かってるけどさ。」
瑠奈の思いを止めることはできない。
兄である朔夜の怒りに触れて尚、その思いを変えることはないのだから。

「そういえばさ…月ってどんな世界なんだ?」
ふと思ったこと。
今まで月に人がいるなんて考えもしなかったし、いないのが当然であると思っていた。
それが今になり突然、目の前に現れた。

「今は悲惨なものだ。」
「悲惨?」
「かつての栄華はない。」
話を聞く限り、いい感じではなさそうだ。

「竹取物語の時の月は繁栄の一途だった。」
昔は誰もが未来に不安もなく生活を送っていたという。
町は活気に溢れ、人情に溢れていた町だった。
「それが今では、枯れていく一方じゃ。」
繁栄の後は必ず衰退がある。
自然の摂理である。
「悪いこと聞いたな。」
「いいのじゃ。」

そう聞くと…今の日本もそんな気がする。
繁栄の後は衰退ー
でも、そんなことは誰も気にしない。
気にしないし、きっとわからない。
それだけみんなが忙しい…
もしくは、みんな今を必死に生きてるからわからない。

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