ユアサ先輩とキス・アラモード
 的は五度傾けて設置する。射場から二十八メートル離れた場所にあるので、慣れないうちは遠く感じ、当たるかどうか不安で弓を引く手も震える。だからこそ、初めて当たった時はとても感動した。巻藁の時よりずっとずっと感動した。
 ただ、上手な人がやっているのを見るのも良い。技を盗む事はもちろん、中心にあたる確率が高いのでカッコ良い。見ているとすがすがしい気分になる。
(よし、湯浅先輩の的前に立つ姿を見ちゃおう。今までは何となく見ていたけど、これからは指導員になるんだ。マネのできることはマネしよう)
今日も弓道衣姿が凛々しい。あまりのカッコよさに、他の男子部員がかすんで見える。いや、眼中に入って来ない。同じ事を三年生、二年生、一年生の女子部員は思っているらしい。みな胸の前で手を組み、『ハァー』とため息をつきつつ、うっとり見つめている。
 残念ながら、当の湯浅本人はまったく反応しない。両拳を腰に当て、左手に弓を、右手に矢を持っている。顔を的の方へ向ければ、、左足を的に向かって半歩踏込んで開き、右足をいったん左足につけ、扇のように右外側へ開いた。
 一呼吸と置かず右手を右腰に置き、弓を正面に構えた。矢をつがえれば、弓と矢ともども垂直に上へ持ち上げ、外側へ押し開き、唇の高さまで下ろした。
 動きがわずかの間止まる。彼の前後では五人が矢を射っているのに、そこだけ時間が止まったように感じた。
 とたん、矢が放たれた。ヒュッ、と音をたて瞬く間に空を切り、三重丸のど真ん中に突き刺さった。
(うわっ、さすが!)
私語厳禁なので、心の中で叫んだ。
 弓道は身なり、礼儀作法にうるさい。ジャージで練習しているなど言語道断。これができないと結果も出ないと言われているくらい。
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