ユアサ先輩とキス・アラモード
 自分のロッカーの前に行くと、制服から弓道衣に着替えようとロッカーを開け、勉強道具の入ったカバンを放り込んだ。続いてサブバックから弓道衣、袴などを取り出し上に置くと、制服のベストを脱ごうとした。
「真帆ーっ!」
美咲の声が聞こえ、振り返ると本人がいた。
「あ、おつか……」
『れ様』と言う前に、美咲は真帆の両肩をつかむと、ハラハラと涙を流した。他の部員はまだ誰も来ていなかった。
「美咲ちゃん、どうしたの?」
「誰かを好きになる事がこんなに辛いなんて知らなかった」
「そうか、うん、そうだね」
真帆は心のなかで『また来たな』とあきれつつも、つき放す事ができず、すがりつく体をだきしめた。
「さっきたまたま廊下で横尾部長に会ったの。部活以外で会う機会なんてそうはないから、仲良くなるきっかけを作ろうと思って『居残り練習しませんか』って言ってみたの。もし二人きりになったらプライベートな事も話せるだろうと思って」
グスッ、グスッと鼻をすすりつつ、ハウッと妙な声を出した。
「なのに部長ったら、『今晩は妹にオムライスを作る予定になっているからダメだ』って言うの。『お母さんが作らないんですか?』って聞いたら、『妹が、お兄ちゃんの作ったオムライスが食べたいって言うから、作らないわけにいかない』って。身内の、しかも年下に負けるなんて悔しい!私だって部長にオムライス作って欲しい!」
とうとう美咲はウォーイ、ウォーイと激しく泣き出した。あまりの激しい泣きっぷりに、一瞬男子に見えた。そして真帆の胸元は美咲の流す涙と、時折出る鼻水でジワジワ濡れだした。
(またお母さんに洗ってもらわないと……)
今日はどう言い訳しようか考えた。
 トントンと誰かがドアをノックした。
「はい」
「中林はいるか?」
< 25 / 49 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop