ユアサ先輩とキス・アラモード
しかし後戻りはできない。湯浅はやる気に満ちた顔をしている。
 湯浅は一歩力強く前へ踏み出した。真帆は一歩、後ずさった。
 すると湯浅はさらに一歩前へ踏み出し、真帆は一歩下がった。
「このままじゃあ、いつまでたってもキスができないぞ」
「まだするって言ってません」
「副部長の俺がするって言ったら、するんだよ。中林の意見は必要ない」
「明治や大正じゃあるまいし。男尊女卑をするなんてヒドイです!」
「なるほどな」
湯浅はアゴに手を当て大きくうなずいた。真帆は『これでしなくてすむ』とホッとした。
 しかし湯浅はアゴに当てた手を放すと、力強く真帆を指差した。
「な、何ですか?」
「してもみないうちから俺とキスするのはイヤだと言うのは、失礼じゃないか」
「そんな事ないです!キ、キスはお付き合いしてからするものでしょう。その前にするのはふしだらだと思います」
「お前こそ、明治か大正の女か。今時キスは挨拶の一環みたいなもんだ。大したことじゃない」
「彼氏や彼女がいるのにキスしたら浮気じゃないですか」
「中林はいるのか?彼氏」
「い、いませんよ」
「俺も彼女はいない。ここ半年フリーだ。フリーの人がフリーの人とキスしたら浮気になるのか?どうなんだ?」
「なりま、せんけど……」
「だったらしようじゃないか」
真帆は言い返せず、目も合わせられず、矢道に生える草を見つめた。日が落ちた今、草は黒色に染まり、風にさわさわと吹かれ揺れている。彼らの姿はのん気に見え、イライラした。ただ、憧れのミスターパーフェクトとキスできる絶好のチャンスに胸躍る自分もいて、複雑だった。
(今しないと、こんなチャンス二度とないかもしれない。誰かに横取りされて、指をくわえて見ている事になるかもしれない。でも……なんだか使い捨てのボールペンみたいに扱われているようでイヤだな。私、軽い女になりたくない!)
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