ユアサ先輩とキス・アラモード
「えっ!」
「明日から新しい副読本を使うんだが、一人で職員室まで取りに来い。そして、一人で配るんだ。いいな」
「はぁーい……」
「クラスの物は良心を揺さぶられて手伝わぬように。これは爆睡ムスメが改心するきっかけだ。もし手伝ったなら、『世の中みんないい人、私の人生チョロイですわー』と堕落を決め込む。歴史の授業、はたまた英語のリードと見境なく惰眠をむさぼるだろう。それに、寝すぎて顔の筋肉がダレダレになるかもしれん。美容のためにも、将来のためにも、爆睡ムスメを暖かく見守っておくれ」
眠りの佐藤が語り終えるやいなや、再び教室は笑いに包まれた。
「中林、おまえどんだけ眠いんだよ」
「もしかして成長期?」
「ラッキーじゃない。150センチしかないからね。伸びるのなら万々歳よ」
「でも寝すぎて顔がダレダレになるのはイヤだな。今はお肌が最高にプリプリと思っているけど、いつそうなるかわからないもの」
「男が寄ってこないかも!」
「そうか、中林は男より睡眠を取ったんだな」
「ありえるー!」
笑いは最高潮に達した。全員顔の筋肉と腹筋をフル稼働させ、笑いの醍醐味を味わっている。最低な気分なのは真帆だけだった。
(こんばんは絶対寝てやる!)
心の中で熱く宣言した真帆だった。
「心、ここにあらずと言うとこか」
「はい?」
「キスする時は俺の目をしっかり見ろと言ったろ。だが中林の目は夜の海を寝ぼけて泳ぐ魚のように宙をさまよっている。学校一のイケメンを目の前にして、大した余裕だな」
湯浅は注射針のような鋭い視線で真帆を見た。真帆は予告なく刺された患者のように『痛っ!』と言う顔をし、上目使いで彼を見た。
「ちょ、ちょっと考え事していただけです。もう大丈夫です。集中できます」
「キスも一回したらなれると言うわけか。昨日逃げるように帰って行ったのが、幻のようだな」
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