クランベールに行ってきます
思い返せば、ロイドの思っている事など、深く考えた事はなかった。
『学者の考えている事はわからない』
これがローザンの言う、心にかけたフィルタの一番大きいものだと思う。
わかるわけはないから、実際にはロイドを見ないで一般論と自分自身の思い込みで片付けていた。
こう思っているのだろう、こう考えているに違いない——と、思えばいろんな事を勝手に決めつけていたような気がする。
ローザンは王子の身代わりである事は棚に上げろと言う。そう言えば今朝、ロイドは結衣を王子だと思った事はないと言った。そしてその後、彼が自信満々で言った言葉を思いだし、結衣の心臓は跳ね上がる。
——たとえ百万人の殿下のクローンの中に、おまえが紛れ込んでいても、オレは見分ける自信がある
(それって、私は特別だって事?)
そう考えた途端、今までのロイドの言動のあれこれが、ひとつの色に染まっていく。
結衣はおもむろに立ち上がると、ローザンの側まで小走りに歩み寄った。
「ローザン、ひとつ訊きたい事があるんだけど」
「なんですか?」
ローザンは椅子を反転させて、結衣を見上げた。
「私の唇って、魔性を秘めてると思う?」
「へ?」
ローザンは面食らった表情で一瞬絶句した。そして、すぐに意味ありげに微笑んだ。
「あぁ。そんな事を言った人にとっては、そうなんでしょうね」
ローザンは結衣をチラリと見上げた後、おもしろそうにクスクス笑いながら、コンピュータの画面に向き直った。
「ぼくの言った事の意味、わかったみたいですね」
きっと、おもしろいほどに赤面しているのだろう。自分でも分かるくらいに顔が熱い。
結衣は火照った頬を両手で押さえて、元の席に戻った。