クランベールに行ってきます
「とりあえず今は、前金を頂いておくとしよう」
そう言いながらロイドは、メガネを外してポケットに収めた。結衣は再び焦って、逃れようと腕を突っ張る。
「そういう前金なら、充分に支払ってるでしょう?」
抵抗する結衣を少し強引に引き寄せ、ロイドは真顔で問いかけた。
「イヤなのか?」
髪と同じ金のまつげに縁取られた濃い緑の瞳に間近で射すくめられ、結衣の身体から抵抗の意志が抜け落ちていく。
「……訊かないでよ」
力なく言い捨てて目を逸らそうとすると、ロイドが指先であごを掴み、顔を上向かせた。結衣は少しロイドを見つめた後、観念し目を閉じた。
唇に優しいキスが落ちてきた。
いつの間にか、ロイドのキスを心地よく感じるようになっていた自分に気付いた。
少ししてロイドが唇を離すと、結衣はロイドの胸に顔を伏せて小さく告げた。
「……好き……」
「ん? 何か言ったか?」
ロイドはメガネをかけて、結衣の顔を覗き込む。
勢いに任せて告白した事が途端に照れくさくなり、もう一度告げる勇気はなかった。
「なんでもない」
ロイドは結衣から離れると、耳元で一言囁いた。
「————」
そして、そのまま背を向けると自室の中に消えていった。
最後の一言で結衣は悟った。ロイドは結衣を連れて逃げる気なんかない。
結衣は両手の拳を握りしめ、顔を歪めて叫んだ。
「この、頑固者……!」
薄暗いテラスに、結衣の叫びが空しく響く。
結衣はしばらくの間、夜風に髪をなびかせて、ぼんやりテラスに佇んでいた。