クランベールに行ってきます


「泊まっただけだなんて、誰も信じてくれないよ。数年後にユイが子供を連れて来て『あの時の子です』って言ったら困るからね」
「そんなの遺伝子を調べればわかるじゃない」

 腕を組んで勝ち誇ったように胸を反らす結衣を、王子は鼻で笑った。

「何言ってんの。遺伝子なんて、いくらでも書き換えられるんだよ。特にユイには僕の遺伝子情報を自由にできるロイドがついてるし。重要なのは、僕と一夜を共にしたかどうかという事実だよ」
「……え……」

 一瞬絶句した後、結衣は気を取り直してロイドに問いかけた。

「本当に、いくらでも書き換えられるの?」
「そういう理由で書き換えるのは違法だけどな」

 科学も進みすぎると、科学捜査より既成事実の方が重要視されるらしい。

「じゃあ、納得したらロイドのとこに行ってね。僕もユイを側室にしてロイドに恨まれたくないんだよ」

 王子は席を立つと、全員を出口へ促した。そして、ラクロット氏に王への報告を頼むと、笑顔で部屋の扉を閉めた。
 廊下に出た途端、ラクロット氏がロイドに頭を下げた。

「ヒューパック様、長い間偽っていて申し訳ありません」
「気にしないでください。ラクロットさんも立場がおありでしょうし」

 ロイドがそう言うと、ラクロット氏はもう一度頭を下げ、王に報告するため、その場を去った。
 ラクロット氏を見送った後、ロイドは結衣をチラリと見た。

「来い」
と短く声をかけ、自分の部屋に向かう。

 突然目の前に湧いてきた現実に、結衣は緊張して足がすくんだ。
 王子が見つかった。——ということは……。

 ついさっきまで、明日の夜だと思い込んでいたのだ。覚悟はしていたが、いざとなると、やはり緊張する。
 自室の扉を開けようとして、結衣が動いていない事に気が付いたロイドは、少し笑って静かに言った。

「身構えるな。オレが見つけたわけじゃないんだ。何もしない」
「……うん」

 結衣が歩き始めると、ロイドがポツリと付け加えた。

「多分……」
「多分?」

 結衣はピタリと歩を止める。
 探るように見つめる結衣に、ロイドは言い訳をする。

「キスはノルマだからな。この限りではない」

 子供のような言い分がおかしくて、結衣はクスリと笑うと、ロイドに駆け寄った。
 そして、二人一緒にロイドの部屋に入った。


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