クランベールに行ってきます
午後になり、結衣がいつものように厨房でケーキを仕込んで、研究室に戻ると、レフォール王子がジレットを伴い訪れていた。
結衣は扉を閉めるなり、つかつかと王子に歩み寄る。
「ちょっと、レフォール! 移動する時は連絡する約束でしょ?」
「おまえ! 何、呼び捨てにしてるんだ!」
すかさずロイドがやって来て、結衣の腕を引いた。結衣は平然と釈明する。
「名前でいいって本人に言われたのよ。自分自身に殿下って呼ばれてるようで気持ち悪いって」
「たとえ、そうでも……!」
ロイドが反論しようとすると、王子が笑いながら遮った。
「いいんだよ、ロイド。ユイにはいっぱい借りがあるしね。でも僕の声で女言葉は止めて欲しいな」
「あなたのフリをしてる時は、ちゃんとやってたわよ。誰にもばれてないんだから、区別つかなくなるわよ。いいの?」
「……わかったよ」
ジレットが王子の横でクスクス笑った。
現役復帰した王子は、早速秘密を教えるために、ジレットを呼んだらしい。ラクロット氏と三人で地下遺跡を見学した後、ロイドのマシンを見に研究室にやって来たという。
結衣が戻った時、部外者が入ってきたら困るので、研究室の入口には「危険! 立ち入り禁止」の貼り紙をしてあったらしいが、文字の読めない結衣は眼中になかった。
「何が危険なの? って疑問に思わない?」
結衣が問いかけると、王子はイタズラっぽく笑った。
「ロイドは時々、妙なものを作って驚かせるから、みんな納得すると思うよ」
結衣も思いきり納得した。気を取り直してジレットに尋ねる。
「ジレット、時間ある?」
「ええ」
「よかった。もうすぐケーキが出来るから、食べていって」
「はい」
ジレットと会うのは誘拐未遂事件の日以来だ。帰るまでに、もう一度会いたいと思っていたので、ちょうどよかった。
結衣が再び厨房にケーキの様子を見に行こうとした時、扉がノックされ、ローザンの声が聞こえた。
「ロイドさん。今、入ってもいいですか?」
貼り紙の効果があったらしい。
「おまえひとりなら、いいぞ」
ロイドが答えると、扉がそっと開かれ、ローザンが恐る恐る顔を覗かせた。そして、結衣と王子に目を留め、納得したようにホッと息をついた。
「殿下がこちらにいらしたんですか」