クランベールに行ってきます
10.誓い
夜になり、夕食と風呂を終えた後、ロイドが酒ビンとグラスを持ってやって来た。ソファにどっかり座ると宣言する。
「今夜は飲むぞ。慰労会だ」
「え? 何の?」
「おまえが見事に殿下の代役を務めきった事のだ」
見事と言われるほど大層な事は何もしていないが、ロイドは寂しさに沈みがちな結衣を元気づけようとしているのだろう。結衣は笑ってグラスを取った。
「うん。ありがとう」
「お疲れ」
グラスの縁を合わせて乾杯すると、結衣は舐めるようにして、ほんの少し酒を飲む。最後の夜に酔っぱらって寝てしまうわけにはいかない。
ロイドが注いでくれた琥珀色の酒は、どうやらブランデーのようだ。ほんのり干しぶどうの香りがする。
結衣とは対照的に、ロイドはピッチが速い。グラス半分とはいえ、すでに一杯目を飲み干して、二杯目をグラスに注いだ。
以前一緒に飲んだ時にも、顔色も変わらず酔ってるようには見えなかったので、元々酒に強いのかもしれない。
ロイドはおもむろに立ち上がると、テラスから灰皿を持ち込んだ。そして部屋の隅にある机の引き出しからタバコを取り出すと、口にくわえて火をつけた。
じっと見つめる結衣の視線に気付いて、今さらながら問いかける。
「煙、イヤか?」
「ううん。この香りは好きだから、いい」
「そうか」
ロイドはタバコをくわえたまま、灰皿とタバコを持って、結衣の隣に戻ってきた。
「部屋の中で吸ってもいいの?」
「別に禁止はされていない。外の方が気持ちいいから、外で吸ってただけだ。思い出したようにしか吸わないしな」
なぜ思い出したように吸いたくなるのか、未だに謎だ。結衣はそれについて少し考えてみた。そして、ふと思い至った。
もしかしてロイドは、心が酷く乱れた時にタバコを吸うのではないだろうか。
気分転換とか、気持ちを落ち着かせる効果があると、タバコを吸う人は言っていた。タバコを吸わない結衣は、煙の匂いに苛々して、よけいに気分が落ち着かなくなるのだが。
最初に見たのは、結衣が東屋の穴に落ちそうになった日だ。ロイドは結衣に相当嫌われていると、勘違いしていた。次に見たのは、最初の異世界検索が中止になった夜。
そして多分、今は——。
本当は自分も平気ではないのに、結衣を元気づけようとしているロイドが、たまらなく愛しい。