クランベールに行ってきます


 黙って見下ろすロイドを見上げながら、結衣の心は妙に落ち着いていた。
 ロイドは結衣の頬に片手を添えて、少し微笑んだ。その手が頬を滑り、首筋をたどると、結衣は思わず叫びそうになる声を飲み込み、身を硬くする。

 ロイドの手は首筋を通過して肩を掴むと、結衣の身体をゆっくりとベッドに押しつけた。
 結衣を見つめたまま、ロイドはゆっくり身体を倒し、覆い被さるようにして、優しく口づけた。一度唇を離すと、今度は激しく深く口づける。
 執拗なまでに激しく長い口づけに、結衣が息も絶え絶えになった頃、ロイドの身体が離れた。
 結衣が小刻みに息をつきながら目を開くと、ベッドに両手をついたロイドが、優しい表情で見下ろしていた。

「やっぱり今はもったいない。続きは今度だ。今日はもう寝ろ」

 そう言い残し、メガネをかけてベッドを離れ、部屋を出て行くロイドを、結衣はぼんやりと見送った。
 扉が閉じられる音を聞いて、結衣の中に沸々と怒りがこみ上げてきた。この期に及んで、また躱されたのだ。

(エロ学者のくせに、何? この寸止め!)

 結衣はベッドから跳ね起きると、叩くようにして寝室の扉を開け叫んだ。

「眠れるわけないじゃない! どうして?!」

 ソファに座り、新たに開けた酒をグラスに注ごうとしていたロイドは、驚いたようにこちらを向いた。
 最後の夜なのに……そう思うと涙が溢れ出した。

「ロイドがいい……あなたでなきゃイヤなの……」

 ロイドは酒ビンを置いて微笑むと、結衣に向かって手を差し伸べた。そして静かに命令する。

「来い」

 結衣は駆け寄り、ロイドにしがみつく。結衣の髪を撫でながら、ロイドは優しく諭すように言う。

「泣くな。オレもおまえがいい。もう、おまえでなきゃイヤだ。だが、それは今度だ」
「今度っていつ? 私、明日日本に帰るのよ」
「いつとは明言できない」
「……イヤ……!」


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