クランベールに行ってきます
額を押さえて不思議そうな顔をするユイさんに、ロイドさんは説明する。
「人の口の中や腸内、手の平には、常に細菌が存在するんだ。こいつらは人に害を与える事はない。でなきゃ、唾液を飲み下すたびに腹が痛くなるはずだろう? それどころか、こいつらは人に害を与える菌から守ってくれている。人は菌と共生しているんだ」
「へえぇ」
ユイさんは目を見開いて、心底感心したように声を上げた。ロイドさんはそれに気をよくして、ニヤリと笑うと余計な事をお勧めする。
「オレの菌は特に優秀だから、時々分けてやろう」
「いい。自分ので間に合ってるから」
だから、そういうやり取りは、ぼくのいないところでやってくれないかな。
ぼくは再びため息をついて、ユイさんに絆創膏を差し出した。ユイさんは絆創膏を受け取り、自分の指先を見つめた。
「あ、血が止まってる。吸ったら本当に早く止まるのね」
そんなわけはない。大した傷じゃなかったから、時間が経って止まっただけだ。
絆創膏を貼るユイさんを見つめて、ロイドさんがポツリとつぶやいた。
「他人の血を舐めたのは初めてだが、おまえのは甘いな」
「え?!」
思わずユイさんと同時に問い返してしまった。
思い切り顔が引きつる。
何度も言うけど、そういう事は本当にぼくのいないところで……。
ぼくの方がドキドキしていたら、ユイさんは全く違う事でドキドキしていたらしい。
思い切り不安そうな顔でぼくに詰め寄る。
「ローザン! 血が甘いって、もしかして……! 今すぐ糖尿病の検査して!」
またしても的外れな見解に、ぼくは一気に脱力して、がっくり肩を落とした。
「いえ、その必要はないと思います」
「どうして? だって、このところロイドに付き合って甘いものいっぱい食べてたし」
尚も食い下がるユイさんに、ぼくは、ちょっとくらい分かってもらえるかなと思って、ロイドさんを援護してみた。
「大丈夫です。ユイさんの血を甘いなんて思うのは、ロイドさんだけですから」
ぼくがにっこり笑ってみせると、ユイさんはホッとしたように少し微笑んだ。
「そう、なんだ」
分かってもらえたのかな。
少し期待しつつ、その後を見守っていると、ユイさんはロイドさんを呆れたような表情で見上げた。
「あなた、味覚大丈夫?」
だめだ。どこまでニブイ人なんだろう。