クランベールに行ってきます
少ししてロイドは、王子の唇を解放し、抱きしめていた腕をほどいた。
王子は目を開き、驚愕の表情でロイドを見つめる。
「ロイドって、やっぱり……」
何かを言いかけた王子を見下ろして、ロイドは目を細めると、その額を強く叩いた。
「何のつもりだ」
王子のフリをした結衣が、額を押さえて顔を歪める。
「気がついてたの?」
ロイドは憮然とした表情で、メガネをかけ直すと、冷ややかに結衣を見下ろした。
「気がつかないわけがないだろう。オレとキスしたいなら素直にそう言え。ったく、回りくどい」
「違うわよ」
結衣が頬を赤らめて否定すると、ロイドは眉間にしわを寄せて問いかける。
「じゃあ、何だ」
結衣は常々思っていた疑問をロイドに打ち明けた。
「私って王子様にそっくりなんでしょ? だから、ロイドにとっての私は、やっぱり王子様の身代わりなのかなって思ったの」
結衣がクランベールにやって来て、すでに十日が経っていた。その間結衣は、王やロイドとの約束を守り、事情を知らない人の前では、王子を演じ続けている。そして、ジレット以外の誰にもばれていない。
ラクロット氏に徹底的に仕込まれたとはいえ、役者でもなければ、演劇経験も小学校の学芸会以外、皆無の結衣を、皆が王子と信じて疑わないというのは、よほど王子とそっくりだからに違いない。
それほど王子とそっくりな結衣に対して、ロイドは抱きしめたり、キスをしたりする。それは王子を好きだからではないのか、と思ったのだ。
本物の王子にそんな事をすれば、不敬に当たる。その上、同性愛者のレッテルを貼られてしまうだろう。
だが、結衣は王子ではない。王子とそっくりな結衣を王子の身代わりとして、道ならぬ想いをぶつけていたのではないか、という結論に達したのだ。
話を聞いてロイドは、思い切り呆れた表情で結衣を見つめた。
「どこから、そういう発想が湧いて出るんだ」
「だって……」
「だってじゃない! オレは男を好きになった事は一度もない。思い切り女好きだ」
拳を握って高らかに宣言するロイドに、結衣はすっかり脱力して、反論する気もすっかり失せた。
ストレートがゲイの疑いをかけられるのは、確かに屈辱かもしれないが、女好きを力説するのもどうかと思う。