クランベールに行ってきます
5.誘拐未遂事件
王宮の使用人ではないようだ。身なりはきちんとしている。だが、貴族のようではない。王子に用があるとは何者なのだろう。
結衣がこっそり品定めをしていると、青年は結衣を王子と認めたらしく、軽く頭を下げて挨拶をした。
「申し遅れました。私はセギュール侯爵の使いの者です。侯爵より、レフォール殿下に内密のお話しがあるとの事で、お迎えに上がるよう仰せつかって参りました」
言葉遣いは自分より遙かに丁寧だ。しかし、この青年と共に行っていいものかどうかは、ためらわれた。
「少し、待って」
結衣はそう言うと、部屋の奥にいるローザンに歩み寄った。
青年に聞こえないように小声で話しかける。だが、彼が聞き耳を立てているだろう事は考慮に入れて、王子のフリは怠らない。
「セギュール侯爵って、知ってる? 叔父さんの一派?」
「何度かお会いした事はあります。中立派だったと思いますが」
ローザンの言葉に結衣は腕を組んで考えた。
「そっか、じゃあ一緒に行っても大丈夫かな」
結衣がつぶやくと、ローザンは焦って反対する。
「ダメですよ。ここから出ないように言われてるじゃないですか」
「だって、ボクが病気でも忙しいわけでもない事は、彼にばれてるんだよ。理由もなく貴族の申し出を断れないよ」
ローザンはため息と共に立ち上がった。
「わかりました。ぼくが話してみます。せめてラクロットさんに確認を取らないと」
そう言ってローザンは青年の元に歩いていった。結衣もその後に続く。
ローザンは笑顔で青年に話しかけた。
「お待たせして申し訳ありません。私は王宮医師のローザン=セグラと申します。現在レフォール殿下の御身をお預かりしている者です。ですが、私の一存でお引き渡しするわけにはまいりません。殿下のお付きの者に確認を取りますので、もう少しお待ちいただけますか?」