運命の人
騒ぎが収まるまで旅行にでも行って来いといわれ、半ば強制的に取らされた時期外れな一週間の休暇。『旅行のつもりで泊まりにくればいい』と彼からの誘いを拒んだ叶子は、少し後悔し始めていた。と言うのも、明日で長い休みが終わりを告げようとしているのに、あれから彼と会うことも無ければ連絡さえも無いからだ。
「はぁ。――あ、そうだ」
職場では自分は旅行に行っている事になっているからと、明後日から始まる仕事に備えてそれなりにアリバイを作らなければいけないのだという事にふと気がついた。
「何処かにお土産でも買いに行くかな」
重い腰を上げ久しぶりに街へと飛び出した。
外の空気はまだ冷たくコートを手放せないが、道端に咲く小さな花を見つけてはもうすぐ春が訪れるのだろうと感じる。そう言えばここ最近色々な事があったせいか、こうして道に咲く花に目を向ける事もなかった。
頭の中は常に彼と仕事の事で一杯。落ち着いて自分を見つめなおすには、今回の休みは不条理ではあったがとても意味のあるものだったと思えた。
旅行のアリバイになりそうな物を探しに、新幹線が止まる駅へと足を運ぶ。次々と変わる時刻表を見ていると、ふとこのまま何処かへ行ってしまいたい衝動に駆られ、気付くと彼女は切符売り場の前で行き先を探していた。
「・・・・・・?」
騒がしい構内でわずかに携帯電話の音が聞こえる。バックを持ち上げると耳元に近づけ、その音が自分の携帯電話である事に気付いた。
「・・・・・・!」
急いでバックの中から携帯電話を取り出した。先ほどまでは曇りがかっていたのがディスプレイに表示されている名前を見て、ぱぁっと一気に日が差したかのような笑顔になった。
一つ深呼吸して受話ボタンを押す。嬉しさのあまり声がうわずらないようにと慎重に声を出した。
「もしもし?」
「あ、もしもし? 僕だけど」
久しぶりに聞く彼の柔らかい声。耳を通じて脳にまで染み入る。彼からの電話は何故か別れた恋人からの電話のように、ギュッと胸が締め付けられた。
「ごめんね、ぜんぜん電話できなくて」
「ううん、大丈夫。──。」
大丈夫なわけない。
毎日毎晩、彼からの連絡を待ち侘びながらベッドに潜り、迎えた朝に現実を知る。絶望と不安に苛まれて、まるで自分が自分ではなくなっていた様だった。
こういう時こそ素直に『寂しかった』と何故言えないのだろうか。そもそも、気になるのなら自分から電話すればいい事なのに彼の家に行くのを断った事で、引け目を感じた叶子はそれすら出来ないでいたのだった。
「・・・・・・まだ仕事、休みあるよね?」
「あ、うん。・・・・・・明日で終わるけど」
「良かった。──今から会えるかな?」
手首にした時計を見ると、まだ昼を過ぎた所。彼が仕事を終えるには早すぎる時間だ。
「今から? お仕事は?」
「君とゆっくり過ごしたくてね。もう無我夢中で仕事を詰めて、明日休み取ったんだ。・……だから、今から一緒に何処か行かないかな、って」
彼に嫌われて電話が無かったわけではない。自分の事を想ってこそ彼は連絡を絶っていたのだと知ると、自然と涙腺が緩んでくる。
「・・・・・・うん」
長く話すと今の自分の状態を感づかれると思い、それ以上うまく話す事が出来なかった。
「あの、本当にごめんね? 電話できなくて。・・・・・・早く逢いたいよ」
電話の向こうの彼は叶子の様子を察しているのかどうかは判らないが、さっきよりソフトな語り口でそう言った。
(私も早く貴方に会いたい)
気付けば自分の中で彼の存在が物凄く大きなものになっていたのを感じ、ついに溢れ出してしまった止まらない涙を指の先で拭った。
「はぁ。――あ、そうだ」
職場では自分は旅行に行っている事になっているからと、明後日から始まる仕事に備えてそれなりにアリバイを作らなければいけないのだという事にふと気がついた。
「何処かにお土産でも買いに行くかな」
重い腰を上げ久しぶりに街へと飛び出した。
外の空気はまだ冷たくコートを手放せないが、道端に咲く小さな花を見つけてはもうすぐ春が訪れるのだろうと感じる。そう言えばここ最近色々な事があったせいか、こうして道に咲く花に目を向ける事もなかった。
頭の中は常に彼と仕事の事で一杯。落ち着いて自分を見つめなおすには、今回の休みは不条理ではあったがとても意味のあるものだったと思えた。
旅行のアリバイになりそうな物を探しに、新幹線が止まる駅へと足を運ぶ。次々と変わる時刻表を見ていると、ふとこのまま何処かへ行ってしまいたい衝動に駆られ、気付くと彼女は切符売り場の前で行き先を探していた。
「・・・・・・?」
騒がしい構内でわずかに携帯電話の音が聞こえる。バックを持ち上げると耳元に近づけ、その音が自分の携帯電話である事に気付いた。
「・・・・・・!」
急いでバックの中から携帯電話を取り出した。先ほどまでは曇りがかっていたのがディスプレイに表示されている名前を見て、ぱぁっと一気に日が差したかのような笑顔になった。
一つ深呼吸して受話ボタンを押す。嬉しさのあまり声がうわずらないようにと慎重に声を出した。
「もしもし?」
「あ、もしもし? 僕だけど」
久しぶりに聞く彼の柔らかい声。耳を通じて脳にまで染み入る。彼からの電話は何故か別れた恋人からの電話のように、ギュッと胸が締め付けられた。
「ごめんね、ぜんぜん電話できなくて」
「ううん、大丈夫。──。」
大丈夫なわけない。
毎日毎晩、彼からの連絡を待ち侘びながらベッドに潜り、迎えた朝に現実を知る。絶望と不安に苛まれて、まるで自分が自分ではなくなっていた様だった。
こういう時こそ素直に『寂しかった』と何故言えないのだろうか。そもそも、気になるのなら自分から電話すればいい事なのに彼の家に行くのを断った事で、引け目を感じた叶子はそれすら出来ないでいたのだった。
「・・・・・・まだ仕事、休みあるよね?」
「あ、うん。・・・・・・明日で終わるけど」
「良かった。──今から会えるかな?」
手首にした時計を見ると、まだ昼を過ぎた所。彼が仕事を終えるには早すぎる時間だ。
「今から? お仕事は?」
「君とゆっくり過ごしたくてね。もう無我夢中で仕事を詰めて、明日休み取ったんだ。・……だから、今から一緒に何処か行かないかな、って」
彼に嫌われて電話が無かったわけではない。自分の事を想ってこそ彼は連絡を絶っていたのだと知ると、自然と涙腺が緩んでくる。
「・・・・・・うん」
長く話すと今の自分の状態を感づかれると思い、それ以上うまく話す事が出来なかった。
「あの、本当にごめんね? 電話できなくて。・・・・・・早く逢いたいよ」
電話の向こうの彼は叶子の様子を察しているのかどうかは判らないが、さっきよりソフトな語り口でそう言った。
(私も早く貴方に会いたい)
気付けば自分の中で彼の存在が物凄く大きなものになっていたのを感じ、ついに溢れ出してしまった止まらない涙を指の先で拭った。