運命の人
「何処へ行くの?」
彼の手に引かれ、人気もまばらな特急電車に乗り込み席についた後、行き先を尋ねる。
「凄く素敵な所だよ」
嬉しそうにそう言うと、『楽しみにしてて』と言ってウィンクをした。
横並びに座った座席で外の景色に目をやると、あっという間にビル群は無くなり代わりにのどかな田園風景が現れている。
「たまには列車の旅ってのもいいね」
そう言うと、ジャックは叶子の手を捕まえた。たった数日会えなかっただけなのに、もう何年も会ってないかのような感じがする。
彼の肩に頭をもたげながら、久しぶりにその感触を味わった。
「今日はなんだか素直だね?」
「だって、凄く逢いたかったんだから」
彼は又目を丸くした。
ここに居る彼女は別人ではないのかと思うほど、先ほどから叶子の発言に動揺させられっぱなしだ。
「たまには連絡を絶つのもいいかもね。こんなにかわいい君が見られるのなら」
頭の上から聞き捨てならない言葉が聞こえ、すぐに顔を上げて彼をキッと睨んだ。そんな叶子の目を慌てて手で遮った彼は、
「うわっ! いつもの君に戻った! 嘘、嘘! もうこれからはどんなに忙しくてもちゃんと連絡するってば」
「な! 何よ、“いつもの”私って、一体どういう意味っ!?」
遮った彼の大きな手が下ろされると、目にうっすら涙を溜めて笑いを堪えている叶子の顔を見て、彼はほっとした表情を浮かべた。
叶子の頬にジャックの暖かい手が触れる。
「?」
「君が僕を必要とした時、何も遠慮せずに電話して来ていいんだからね? 朝だろうが夜だろうがすぐに君の元へ飛んでいくよ」
そう言うと、親指でその涙を拭った。
足元にあたる温かい風と電車の揺れ。それと、何よりも彼がすぐ側に居るという安心感で、叶子はいつの間にか眠りに落ちていた。
彼の肩にもたげていた頭が電車の揺れによってずり落ち、それによって叶子は目が覚めた。すぐに彼を探すように顔を上げると、優しげに微笑みながら自分を見つめている彼を見つける。
「おはよう」
「寝ちゃってた」
「うん、気持ち良さそうだったよ」
車窓から覗く景色はすっかり日も落ちていて、いつの間にやら全く違ったものになっていた。
ちらほらと雪が積もっている所もあり、随分と長い間寝ていたのだろうと感じる。
彼の方が疲れてるはずなのに、二人とも寝てしまうと目的地に辿りつけないと思ったのか、先に寝てしまった叶子の為にきっと落ちてくる瞼と戦いながら我慢して起きていてくれたのだろう。
親指と人差し指で眉間を押さえる仕草が、その事を物語っていた。
「貴方の方が疲れているのに。ごめんなさい」
こんな寝起きの掠れた声では何を言っても言い訳にしか聞こえないなと思ったが、ジャックは頭を振って肩をすくめた。
「君が寝ている間、以前君が言った言葉を思い返していたんだ。だから案外眠くならなかったよ」
「?」
ジャックの言う叶子の言った言葉が一体何の事かわからず、叶子は小さく首を傾げた。
「『何処にも行かないで』って電話で言ったの覚えてる?」
「え?」
先程よりも大きく首を傾げた叶子を見て、『やっぱり』といった表情でジャックは眉を顰めた。
「君が僕の家に泊まった次の日に、一緒にランチに行こうとしたのは覚えてる?」
「あー、結局お仕事で行けなかったのよね?」
「そう、その晩に君に電話したら君がそう言ったの」
「私が?」
「やっぱり。寝ぼけてあんな事言ったんだね」
彼は少し残念そうに笑っている。
全く記憶には無かったが寝ぼけてそんな話をしたのかと思うと、どんどん顔が熱くなってくるのが判った。
「でもね、僕凄く嬉しかったんだ。今でもあの時の君の悲しそうな声が耳に残ってる」
「や、やめてよ、恥ずかしい」
彼女は繋がれていない方の手で熱くなった頬の熱を冷ますかのように覆う。彼はその手も取ると大きな手で包み込み、叶子の方に身体を向けた。
あらたまった姿勢になったジャックを見て、叶子も慌てて彼の方に体を向ける。彼の言葉を待っていると、ゆっくりと彼の口唇が動き始めた。
「僕はあの時、君を悲しませてはいけない、君をずっと守りたいって思ったんだ」
照れながらも彼の目をじっと見つめ、小さく頷く。
「でも随分君を泣かせてしまったね」
自虐めいた彼の言葉に、さもその通りだと言わんばかりに眉間にしわを寄せ、今度は大きく頷いた。
「ごめん、ごめん。これから埋め合わせするからね」
ころころ変わる叶子の表情に少し噴出しそうになりながら、そっと叶子の頭を撫でた後、そのてっぺんにキスを落とした。
――間もなく……に到着します。お忘れ物ございませんよう……。
車内アナウンスが流れ、ジャックが顔を上げる。
「さぁ、やっとついたよ。誰にも邪魔されない所にね」
叶子の手を取り立ち上がると、にっこりと満面の笑みをみせた。
彼の手に引かれ、人気もまばらな特急電車に乗り込み席についた後、行き先を尋ねる。
「凄く素敵な所だよ」
嬉しそうにそう言うと、『楽しみにしてて』と言ってウィンクをした。
横並びに座った座席で外の景色に目をやると、あっという間にビル群は無くなり代わりにのどかな田園風景が現れている。
「たまには列車の旅ってのもいいね」
そう言うと、ジャックは叶子の手を捕まえた。たった数日会えなかっただけなのに、もう何年も会ってないかのような感じがする。
彼の肩に頭をもたげながら、久しぶりにその感触を味わった。
「今日はなんだか素直だね?」
「だって、凄く逢いたかったんだから」
彼は又目を丸くした。
ここに居る彼女は別人ではないのかと思うほど、先ほどから叶子の発言に動揺させられっぱなしだ。
「たまには連絡を絶つのもいいかもね。こんなにかわいい君が見られるのなら」
頭の上から聞き捨てならない言葉が聞こえ、すぐに顔を上げて彼をキッと睨んだ。そんな叶子の目を慌てて手で遮った彼は、
「うわっ! いつもの君に戻った! 嘘、嘘! もうこれからはどんなに忙しくてもちゃんと連絡するってば」
「な! 何よ、“いつもの”私って、一体どういう意味っ!?」
遮った彼の大きな手が下ろされると、目にうっすら涙を溜めて笑いを堪えている叶子の顔を見て、彼はほっとした表情を浮かべた。
叶子の頬にジャックの暖かい手が触れる。
「?」
「君が僕を必要とした時、何も遠慮せずに電話して来ていいんだからね? 朝だろうが夜だろうがすぐに君の元へ飛んでいくよ」
そう言うと、親指でその涙を拭った。
足元にあたる温かい風と電車の揺れ。それと、何よりも彼がすぐ側に居るという安心感で、叶子はいつの間にか眠りに落ちていた。
彼の肩にもたげていた頭が電車の揺れによってずり落ち、それによって叶子は目が覚めた。すぐに彼を探すように顔を上げると、優しげに微笑みながら自分を見つめている彼を見つける。
「おはよう」
「寝ちゃってた」
「うん、気持ち良さそうだったよ」
車窓から覗く景色はすっかり日も落ちていて、いつの間にやら全く違ったものになっていた。
ちらほらと雪が積もっている所もあり、随分と長い間寝ていたのだろうと感じる。
彼の方が疲れてるはずなのに、二人とも寝てしまうと目的地に辿りつけないと思ったのか、先に寝てしまった叶子の為にきっと落ちてくる瞼と戦いながら我慢して起きていてくれたのだろう。
親指と人差し指で眉間を押さえる仕草が、その事を物語っていた。
「貴方の方が疲れているのに。ごめんなさい」
こんな寝起きの掠れた声では何を言っても言い訳にしか聞こえないなと思ったが、ジャックは頭を振って肩をすくめた。
「君が寝ている間、以前君が言った言葉を思い返していたんだ。だから案外眠くならなかったよ」
「?」
ジャックの言う叶子の言った言葉が一体何の事かわからず、叶子は小さく首を傾げた。
「『何処にも行かないで』って電話で言ったの覚えてる?」
「え?」
先程よりも大きく首を傾げた叶子を見て、『やっぱり』といった表情でジャックは眉を顰めた。
「君が僕の家に泊まった次の日に、一緒にランチに行こうとしたのは覚えてる?」
「あー、結局お仕事で行けなかったのよね?」
「そう、その晩に君に電話したら君がそう言ったの」
「私が?」
「やっぱり。寝ぼけてあんな事言ったんだね」
彼は少し残念そうに笑っている。
全く記憶には無かったが寝ぼけてそんな話をしたのかと思うと、どんどん顔が熱くなってくるのが判った。
「でもね、僕凄く嬉しかったんだ。今でもあの時の君の悲しそうな声が耳に残ってる」
「や、やめてよ、恥ずかしい」
彼女は繋がれていない方の手で熱くなった頬の熱を冷ますかのように覆う。彼はその手も取ると大きな手で包み込み、叶子の方に身体を向けた。
あらたまった姿勢になったジャックを見て、叶子も慌てて彼の方に体を向ける。彼の言葉を待っていると、ゆっくりと彼の口唇が動き始めた。
「僕はあの時、君を悲しませてはいけない、君をずっと守りたいって思ったんだ」
照れながらも彼の目をじっと見つめ、小さく頷く。
「でも随分君を泣かせてしまったね」
自虐めいた彼の言葉に、さもその通りだと言わんばかりに眉間にしわを寄せ、今度は大きく頷いた。
「ごめん、ごめん。これから埋め合わせするからね」
ころころ変わる叶子の表情に少し噴出しそうになりながら、そっと叶子の頭を撫でた後、そのてっぺんにキスを落とした。
――間もなく……に到着します。お忘れ物ございませんよう……。
車内アナウンスが流れ、ジャックが顔を上げる。
「さぁ、やっとついたよ。誰にも邪魔されない所にね」
叶子の手を取り立ち上がると、にっこりと満面の笑みをみせた。