運命の人
静寂だけが漂う部屋の中、叶子と視線を合わせようともしないジャックは、ソファーに座ったままで眉間に皺を寄せて親指の爪を噛んでいる。普段の彼を思うと今の彼は全く様子が違う。その事が、どうやら本気で彼をイラつかせてしまったのだと言う事を示していた。
絵里香の話が頭の中から離れず悩んでいるのを悟られないようにと普段通りに振舞っていたつもりだったが、どうやら見抜かれていたらしい。何故避けるのかと問い詰められてしまい、叶子は何と言えばいいのかと思いあぐねる。どんな言葉を投げかけてみても納得がいかないのか、ジャックの眉間の皺は一層深く刻み込まれていった。
勿論、ジャックに対する“好き”と言う感情は嘘ではない。むしろ彼の国の言葉で言う所の“愛している”に相当する。しかし、長く付き合っている絵里香が嘘をついているとは到底思えないし、単なる噂程度の話で親友の幸せを踏みにじるような事を言うとも思えない。
まとまりのつかない頭が悲鳴を上げた。
ジャックに直接尋ねられるのならどれだけ楽だろう。
そんな思いが頭の中に浮んで来てはかき消すのを何度も繰り返していた。
話の出所を考えると、真っ先に絵里香が疑われるのは判っている。絵里香に火の粉が飛ぶのだけは避けなければ。
「──。」
沈黙が続く中、ジャックは両膝をパンっと叩いて立ち上がる。衣擦れの音が近づくのがわかると、顔を俯かせている叶子の視界にジャックの爪先が見えた。
『はぁっ』と肩で大きく息を吐く声が聞こえ、叶子は思わず身構えた。
「ごめん」
力なくポツリと呟いた言葉に驚いて顔を上げると、イラついた彼では無く、反対にどこか弱々しく見えた。
ズボンのポケットに仕舞い込んでいた手を出すと、叶子の反応を見ながらそっと抱きしめてくれる彼に、心がズキンッと痛んだ。
「……。」
胸元に頬を寄せながら、ジャックが自ら謝ってきた事に驚きを隠せなかった。
『自分の気持ちを隠してまであなたの側に居たかった様ですよ』と、またもやグレースの言葉がフラッシュバックする。本当は自分がイケナイのに、ジャックに飽きられても仕方がない事をしているのに、突き放す所か『君にみっともない所を見せてしまった』とジャックは自分自身を悔いていた。
「でもね、思った事は何でも言ってくれないと僕は君の心の中を読めるわけじゃないんだ。僕が気付かないうちに君に嫌な思いをさせてるんじゃないかと思うと、やりきれないんだよ。言えば済む事もあるんだから」
「……う、ん。」
言ってしまおうか?
今の彼なら事実を打ち明けても大丈夫なのでは、と心の中で葛藤する。
何度か口を開いては声に出せずを繰り返し、どうやって話を切り出そうか迷っているうちに、ジャックが先に口火を切った。
しかし、それは思いも寄らない言葉だった。
「僕の、――セックスが良く無かった?」
「セッ!?!?」
思わず声が裏返り両手で彼を突っぱねた。しかし両肩をしっかりと掴んでいて離してくれそうも無い。
「どこがいけなかったの?」
真顔で愛の行為についてダメだしを求められた叶子は、どう答えればよいのかが分からず混乱した。さっきまで真剣に彼との今後の未来について思い悩んでいたのが馬鹿みたいに思えてくる。
「そ、そ、そ、そんなのっ! 聞くものじゃないでしょっ!?」
「何で? 大事な事だよ? 気持ち良くない事されても嬉しくないでしょ?」
「!」
「まぁ確かにあの日はちょっと性急過ぎたかなと思ったりもして反省してるんだ。本当はもうちょっと前戯に時間を掛けたかったんだけど、」
「!!」
「何と言うか、僕の方が我慢がきかなくってさ。でも君の方も十分濡れ……」
「っ!! ぎ、ぎゃーー! もう止めて!! 何言ってんのっ!? 変態!!」
「へ、変態って!」
彼の腕の中から抜け出る事が出来そうに無いと思った彼女は、せめてこの羞恥と言う聴覚による拷問から逃れるため、耳を両手で押さえながらギャーギャーと喚き散らした。
そんな叶子の両手首を掴み耳を塞いでいた手を遠ざけたジャックは、
「じゃあ、僕を拒む理由は何なの!?」
まるで判らないとでも言いた気な目で叶子を見つめた。先程までの変態発言の彼と同一人物とは思えないほど、何かに怯えている様にも見えた。
今なら落ち着いて話が出来るかもしれない。
そう思い、耳を塞いでいた手の力を緩めると深く深呼吸した。
「そ、それは」
「う、うん」
何て言われるのだろうかと不安な表情を浮かべて、ジャックがゴクリと息を呑んでいるのが判る。
「……。大人の女性にはね。月に1回来るものがあるの」
「う、うん……?」
上目遣いで“ね?わかるでしょ?”と言うような表情をすると、しばらく考えていた彼はやっと察しがついたのか、急に慌てだした。
「……。――っ!」
ジャックは両手で自分の口を塞ぐと、面白いほどにみるみる顔が赤くなっていく。うんうんと頭を何度も上下させ、叶子の言っている意味がようやく理解できた様だ。
「もう! 女性にこんな事言わせるなんて!」
「ご、ごめん」
「……。」
彼に嘘をついてしまった事を後悔しつつも、次はもうこの手は使えないのだと思うと、今度会うまでにこの悩みを解決しておかなければならない。
当分眠れない日々が続くのかと溜息が自然に零れ落ちた。
(はぁっ……。しかし――)
自分の性行為のダメだしを真顔で求める様な人が、こんな事で顔を真っ赤にさせるとは。
ジャックの“恥ずかしい”と思うスイッチは一体何処にあるのだろうかと、耳の先まで赤くして狼狽えている彼の横で叶子は首を傾げた。
絵里香の話が頭の中から離れず悩んでいるのを悟られないようにと普段通りに振舞っていたつもりだったが、どうやら見抜かれていたらしい。何故避けるのかと問い詰められてしまい、叶子は何と言えばいいのかと思いあぐねる。どんな言葉を投げかけてみても納得がいかないのか、ジャックの眉間の皺は一層深く刻み込まれていった。
勿論、ジャックに対する“好き”と言う感情は嘘ではない。むしろ彼の国の言葉で言う所の“愛している”に相当する。しかし、長く付き合っている絵里香が嘘をついているとは到底思えないし、単なる噂程度の話で親友の幸せを踏みにじるような事を言うとも思えない。
まとまりのつかない頭が悲鳴を上げた。
ジャックに直接尋ねられるのならどれだけ楽だろう。
そんな思いが頭の中に浮んで来てはかき消すのを何度も繰り返していた。
話の出所を考えると、真っ先に絵里香が疑われるのは判っている。絵里香に火の粉が飛ぶのだけは避けなければ。
「──。」
沈黙が続く中、ジャックは両膝をパンっと叩いて立ち上がる。衣擦れの音が近づくのがわかると、顔を俯かせている叶子の視界にジャックの爪先が見えた。
『はぁっ』と肩で大きく息を吐く声が聞こえ、叶子は思わず身構えた。
「ごめん」
力なくポツリと呟いた言葉に驚いて顔を上げると、イラついた彼では無く、反対にどこか弱々しく見えた。
ズボンのポケットに仕舞い込んでいた手を出すと、叶子の反応を見ながらそっと抱きしめてくれる彼に、心がズキンッと痛んだ。
「……。」
胸元に頬を寄せながら、ジャックが自ら謝ってきた事に驚きを隠せなかった。
『自分の気持ちを隠してまであなたの側に居たかった様ですよ』と、またもやグレースの言葉がフラッシュバックする。本当は自分がイケナイのに、ジャックに飽きられても仕方がない事をしているのに、突き放す所か『君にみっともない所を見せてしまった』とジャックは自分自身を悔いていた。
「でもね、思った事は何でも言ってくれないと僕は君の心の中を読めるわけじゃないんだ。僕が気付かないうちに君に嫌な思いをさせてるんじゃないかと思うと、やりきれないんだよ。言えば済む事もあるんだから」
「……う、ん。」
言ってしまおうか?
今の彼なら事実を打ち明けても大丈夫なのでは、と心の中で葛藤する。
何度か口を開いては声に出せずを繰り返し、どうやって話を切り出そうか迷っているうちに、ジャックが先に口火を切った。
しかし、それは思いも寄らない言葉だった。
「僕の、――セックスが良く無かった?」
「セッ!?!?」
思わず声が裏返り両手で彼を突っぱねた。しかし両肩をしっかりと掴んでいて離してくれそうも無い。
「どこがいけなかったの?」
真顔で愛の行為についてダメだしを求められた叶子は、どう答えればよいのかが分からず混乱した。さっきまで真剣に彼との今後の未来について思い悩んでいたのが馬鹿みたいに思えてくる。
「そ、そ、そ、そんなのっ! 聞くものじゃないでしょっ!?」
「何で? 大事な事だよ? 気持ち良くない事されても嬉しくないでしょ?」
「!」
「まぁ確かにあの日はちょっと性急過ぎたかなと思ったりもして反省してるんだ。本当はもうちょっと前戯に時間を掛けたかったんだけど、」
「!!」
「何と言うか、僕の方が我慢がきかなくってさ。でも君の方も十分濡れ……」
「っ!! ぎ、ぎゃーー! もう止めて!! 何言ってんのっ!? 変態!!」
「へ、変態って!」
彼の腕の中から抜け出る事が出来そうに無いと思った彼女は、せめてこの羞恥と言う聴覚による拷問から逃れるため、耳を両手で押さえながらギャーギャーと喚き散らした。
そんな叶子の両手首を掴み耳を塞いでいた手を遠ざけたジャックは、
「じゃあ、僕を拒む理由は何なの!?」
まるで判らないとでも言いた気な目で叶子を見つめた。先程までの変態発言の彼と同一人物とは思えないほど、何かに怯えている様にも見えた。
今なら落ち着いて話が出来るかもしれない。
そう思い、耳を塞いでいた手の力を緩めると深く深呼吸した。
「そ、それは」
「う、うん」
何て言われるのだろうかと不安な表情を浮かべて、ジャックがゴクリと息を呑んでいるのが判る。
「……。大人の女性にはね。月に1回来るものがあるの」
「う、うん……?」
上目遣いで“ね?わかるでしょ?”と言うような表情をすると、しばらく考えていた彼はやっと察しがついたのか、急に慌てだした。
「……。――っ!」
ジャックは両手で自分の口を塞ぐと、面白いほどにみるみる顔が赤くなっていく。うんうんと頭を何度も上下させ、叶子の言っている意味がようやく理解できた様だ。
「もう! 女性にこんな事言わせるなんて!」
「ご、ごめん」
「……。」
彼に嘘をついてしまった事を後悔しつつも、次はもうこの手は使えないのだと思うと、今度会うまでにこの悩みを解決しておかなければならない。
当分眠れない日々が続くのかと溜息が自然に零れ落ちた。
(はぁっ……。しかし――)
自分の性行為のダメだしを真顔で求める様な人が、こんな事で顔を真っ赤にさせるとは。
ジャックの“恥ずかしい”と思うスイッチは一体何処にあるのだろうかと、耳の先まで赤くして狼狽えている彼の横で叶子は首を傾げた。